昨日,アップしたネルソンさん。講演の冒頭で,アメイジング・グレイスを演奏された。そして,この曲を作ったのは,奴隷運搬船の船長だった牧師さんという話もされた。この歌がアフリカ系アメリカ人に特に愛されている。アメイジンググレイスは,世界中で最も歌われる歌と聞いたことがある。「アイ アム レッチ」の歌詞が「私は最低」という意味だということも聞いたことがある。
寺の本堂で,阿弥陀さんの前でのアメイジンググレイス。
昨日,アップしたネルソンさん。講演の冒頭で,アメイジング・グレイスを演奏された。そして,この曲を作ったのは,奴隷運搬船の船長だった牧師さんという話もされた。この歌がアフリカ系アメリカ人に特に愛されている。
二日間,福井の友人の寺に報恩講のお手伝いに行ってきた。第一日目の法話の講師は,アレン・ネルソンさん。ベトナム帰還兵だ。2時間あまりのお話をうかがった。満堂の聴衆を前に,つらい経験を話された。海兵隊の訓練では,思考することを止め,ひたすら「キル(殺す)」ことを教えられたという。
PCが戻って,嬉しくて心がはずんでいる。本当に子どもじみている。
パソコンショップから,「修理出来ました。」と電話が入る。嬉しい。ある別院での法話を聞く予定をしていたが,出発時間を早めて,まずパソコンを引き取る。
「確か,ゴエンさんの裏の畑に咲くはずだけど。」と聞いて,そういえば畑の後ろに黄色い花があったような気がする。毎日,自分の植えた菊の咲きぐわいを見に畑には行っている。けれど,ツワブキに目が行かなかった。
昨日一日,カーナビが狂いっぱなし。現在地がまるで違うところを指す。音声ガイドも間違った指示を出す。異常気象のせいか,原因は分らない。僕のような方向音痴人間にとって,実にナビは得がたい助っ人だった。ナビに頼って運転しているから,ナビの指示がなければ敦賀市内だってちゃんと走れない。地図を覚える作業をまったく怠っていたからだ。大野市にある紅葉の名所へのドライブも考えていたが,しばらく見合わせよう。
地元の下水の配管工事が一段落したかと思えば,市内も道路工事している。市内に通じる8号線の舗装工事は,必ずどこかでやっていて,一方通行で待たされるのが常だ。
冬になると,鉄瓶を石油コンロに掛けて,いつもお湯が使えるようにしている。
前に勤務していた少年院のOB(OG)会に出席する。そこで旧知の先輩職員の訃報などを聞く。
夏の花,朝顔。でも,我が家の朝顔は少し花数は減ったものの,まだまだ咲き続けている。いつもなら,とっくに枯れ果てているはずなのに。いつまでも咲き続ける朝顔をいとおしいと感じている。最後の朝顔が咲き終わるまでこのままにしておこうと思う。
鍋の強い味方,白菜。今日は一人用の土鍋を買いに行こう。
テレビドラマ「僕の歩く道」を録画して見ている。自閉症の主人公を笑顔で付き添うヒロインに参ってしまっている。ひんしゅくを買うような主人公の言動に笑顔で付き合うヒロインにはまってしまう。美しい人というだけではないと思う。
昨日も,こんなに沢山の菊を頂戴する。物をいただくのは,心を頂戴することだとつくづく思う。こんな,ご厚情に触れ,感謝の気持ちで一杯になる。新しい友人も出来た。有難いと思う。僕のようなものにと感謝するが,喜びが大きければ大きいほど,何故か,もっともっとと欲張りになるし,それを失うことを恐れる気持ちが自分を苦しめる。
こんな回覧が本当に回ってくる。でも,笑い事ではない。先日の区の総会で区長から近くでの目撃情報を紹介された。昨日のニュースでは福井市内の8号線沿いのホームセンターに現れたとの信じられないような話。
昨日の朝から,パソコンの調子が悪い。取説読んだり,いろいろやってもダメ。とりあえず古いマシンでブログを書き込む。ブログはすぐできたのだが,ホームページの方はなかなかできない。修理に3〜4週間かかると言われたから戻ってくるまで更新をあきらめるしかないか。
隣の村。河野村(南越前町)にある日帰り温泉「ゆうばえ」。名のとおり,海に沈む夕日が風呂に浸かって眺められる。いつかはと思っていながらも,今までその時間帯に行ったことがなかった。17時ちょうど。太陽が海に沈む寸前には,浴場も真っ赤な夕日に染まる。
愛用し出して,もう30年近くになるのではないか。きっかけも覚えていない。確か,中山式快癒器という名前だった。これを背中や首などの下に敷くと,指圧になる。確か,最初は胃潰瘍の治療か予防のために始めたような気がする。でも,ずうと使い続けているのは,肩こりや胃が重い時,とても気持ちがいいから。
昨夜,O総代からいただいた焼き鯖寿司。
スーパーで,土鍋の材料が並べてあるのを見て,久しぶりにキムチ鍋に挑戦。昨年の冬は,全く作らなかったから,作り方を確認したくてネットでレシピを調べたりした。
キューイフルーツ。今年は,春に実を半分摘果したから,粒が大きい。収穫はいつごろするんだったろう。もうそろそろか。
昨日,いつもの喫茶店で隣席に座っていた中年のサラリーマン風の二人の会話。「何たって,若くなきゃ。」その言葉が,どういう文脈の中から出てきたのか分からなかったが,その客が帰った後も,その一言がひっかかった。
ホトトギス。今が満開か。
昨日は,僕が得度前に,声明を教えてくださった先生の寺の報恩講に参勤する。得度以来,経験を積めよと,呼んでいただいている。正信偈真(しん)四句目下げ,念仏和讃五淘(ゆり)のお勤め。多数の法中に混じって内陣に上げていただく。声を張り上げてお勤めしたけれど,考えてみれば今年初めての五淘のお勤めだった。この後,何度かお勤めの経験が出来そう。
久しぶりにスケージュール表に何もない日。随分怠っていた家事労働でもするかと,掃除機を持ち出して,途中で,ここ何日も晴れの日が続いているなあと思い,シーツ洗濯に変更。さすがに部屋干しはできないから,外に干す。アレ?竹ざおにアクのようなものがついていて,竹に触る部分が黒く汚れてしまう。何をやっていることやら。
パン(チーズフォンデュといったか?)をかじっていたら,突然,前歯3本がポロリと落ちた。鏡を見てもう一つ驚く。口を開けたらもちろん,口をつむっても上唇がゆるんで,10から20歳じじむさくなっている。これは大変と,コンビニにマスクを買いに走る。
昨日は,MさんとNさんの二人のばあちゃんをお乗せして,五村別院へ。長浜ICを降りて10分ほどのところにある別院。教如上人が京都の東本願寺を建てられる前に居られた寺という。
昨日は,ホームセンターへ行って庭園灯を二個購入。境内の庭に取り付けた。
洗濯物を部屋干ししている。洗濯機に近い部屋にポールを付けてハンガーを吊るしている。問題はその部屋が居間ということか。
初物の秋大根をいただく。
このごろ,何を読むにも老眼鏡がいる。それで,アチコチの部屋に老眼鏡を置くことになるが,ほとんどの時間帯を過ごすこの和室には,先日買い求めた一番いいメガネを置くことにしている。
笑顔の法座だったけれど,お話は厳しいものだった。
昨日,一日中ぼおっとしていた。疲れからくる足腰の鈍痛,2日間の出来事の反芻などで過ごす。そして,折角のお斎や,楽しい笑顔の写真を撮り忘れていたことなど思い出す。そして,冷蔵庫に残されたお斎をいただきながら,缶ビール呑んで過ごした。
昨日は,5時起き。6時には婦人たちが来てくださった。6時半に太鼓。7時半から晨朝。8時すぎから,お斎。年番の心意気の精進料理をいただく。8時45分からご法話。10時半から満日中のお勤め,そして,ご法話。12時から昼食,そして片付け。
昨日は,報恩講の一日目。初逮夜と初夜。沢山の方々のお参りをいただく。僕にとっては初めての方もあった。
昨日は,朝から婦人会の役員が出てくださってお華束つくり。誰ともなく「買えば形が整っていていいけど,自分たちで丸めましょうよ。」「作るなら餅米持ってくるよ。」となって,釜やセイロなど道具を持ち寄ってお華束作りに挑戦。6升の餅米をつく。みなさん手際がいい。そして,おろし餅にあん餅もいただきました。つき立ての餅は本当においしい。
「6日に花を活けるから,6日に持ってきて」とお願いしていたら,実に沢山の花が集まる。いただいた花を見ながら,もっともっと,と思う。「玄関前のコスモス切らせて。」と電話したり,花屋でユリを求めたりした。
鷹の羽すすき。トラフススキとも言う。昔,お茶を習っていたころ,茶花として使いたいからと鉢に植えて持ち歩いた。ここへ来て,寺の境内の庭に植えたら随分大きく育って穂も出てきた。鉢に植えていたときとは全く別物であるかのように背も高くなり元気だ。ところが,「ススキはこんなとこに植えるものではない。」と言われてしまった。裏庭かどこかに移さなければならない。日当たりが心配だが,活力の基のような生命力で生きのび続けるだろう。
エゴマ。僕の生まれ育った飛騨ではアブラエという。五平餅も,みそゴマではなく,アブラエの衣が本当だと信じて疑わない。ぼた餅だってアブラエが断然おいしい。僕にとってはおふくろの味。24年前の今月亡くなったお袋がよく作ってくれた。単身赴任するようになって,アブラエをよく使うようになった。味覚が幼児がえりしている。
刈り込みを終えた境内の庭。いいと思って植えたシマススキ。「こんな所に植えるものでない。」と言われてしまった。刈られてしまうかと,急いで,根っこを一部裏の庭にもって行く。
ある門徒さんからいただいたインパチェンス。本堂の前に飾る。
急きょ,昨日は雨の中を境内の刈り込みが行われた。今月,8,9日に予定されている報恩講を考えると,「今日しかない。」と総代たちが道具持参で剪定作業をしてくださる。
塩作り体験の本番。地元の小中学校児童生徒が各班に分かれて,塩を煮詰める。
退職して1年間,新しい生活に夢中だった。入寺して出来た新しい人間関係,することなすことみな未経験のことばかりで,毎日が新鮮。お付合いする人がほとんど僕より年長の門徒さん方ばかり。「若いもん」などと言われていい気になっていた。
ススキを真にしたのを先日アップしたけれど,ススキは枯れるのが早い。活け替えしなければならないが,報恩講が迫っているので,できるだけ今の花を残したい。そこで,中庭に自生しているヒノキの枝を切って真に。そして,裏の畑の彼岸花を手前に活けてみた。これで来月初めまでもってくれるか。
夕方6時の中学生の下校見守りボランティアをしているので,日没時間が早まっていることが手に取るように分かる。明日の見守りからは懐中電灯を持っていこう。
シルクロードでは,こんな食事を食べ残す。それが当たり前のような,一面,贅沢三昧の旅だったような気がする。
彼岸花って,本当に不思議な花だ。突然,真っ赤に咲き出す。しかも,お墓の周りに咲く。この墓石は,藤本家の墓だ。
法要開始10分前に,もう席が一杯となった。昨日は,彼岸会法要の初日。沢山の方のお参りに驚く。地元の小中学校の行事と重なったし,農作業の忙しい午後だったのだが,それをおして来てくださった。
ひと夏で大きく育って花をつける。昨年,入寺したとき,大阪の官舎の庭からスコップで根から少し持ってきた。元々,東京の鑑別所に勤務していたとき購入して,木の鉢に植えていたものだ。それを地植えしていたものを,さらに抜いて持ってきたのだ。山門の横の庭の端に植えておいたら,こんなに立派に育って花をつけてくれて嬉しい。
雑草まみれになっている裏の畑。鎌で刈る。ふと見ると雑草対策のために置いたキューイの下の古畳を突き抜けてスギナが顔を出している。雑草と嫌うスギナの生命力の強さに驚く。花作りとは,雑草を除ける作業でもある。植物の品種を差別する作業だ。
3月に撮影したから,屋根に雪が残っている山門。
僕が衆徒として得度を受けた寺が彦根にある。得度してから毎年の彼岸会,報恩講に呼んでいただいている。少しでもお勤めの経験をとのご住職の配慮からなのだ。今回は「経キンお願いします。」といわれた。ご住職が合掌を解いたので,それとばかりキンを打ったら,手でストップの合図をされる。「伽陀(かだ)!」お経の前に伽陀が入るのを失念していたのだ。
昨日の朝一番に立ち寄ってくださった保護司のみなさん。
ススキを仏華の真にしようと思い立ってからの数日は,頭の中はグルグルになっていた。刈りとったススキを湧き水に一晩浸ける。Mばあちゃんの鶏頭をアクセントに使おう,などと考えて,それを昨日一気に活けた。恥ずかしいけれど昨日のコメント氏に背中を押されてアップする。
すすき(薄)。彼岸会法要の仏華の真にと考えて,「どこかにないか。」とつぶやいていたら,「山に行けばいくらでもある。」と教えられ,山道を軽四で登る。あるにはあるが,道の脇の刈り取りやすいところを探す。山のススキは背が高いから,仏華に使いやすそう。
敦賀に来て,それぞれ別のところで知己を得たS氏とT氏が,そろって玄関に現れる。居間にお通しして,お話をうかがう。お二人は,横浜の海岸の植生を調べるために歩いておられた様子。
「珍しいものを見つけました。グンバイヒルガオです。」とデジカメに撮られた写真を見せていただく。「先日は,椰子の実が流れ着いていました。対馬暖流がタネを運んでくれたのです。」