2006年11月15日

アメイジング・グレイス

06.11.12-1.jpg  昨日,アップしたネルソンさん。講演の冒頭で,アメイジング・グレイスを演奏された。そして,この曲を作ったのは,奴隷運搬船の船長だった牧師さんという話もされた。この歌がアフリカ系アメリカ人に特に愛されている。
 アメイジンググレイスは,世界中で最も歌われる歌と聞いたことがある。「アイ アム レッチ」の歌詞が「私は最低」という意味だということも聞いたことがある。
 寺の本堂で,阿弥陀さんの前でのアメイジンググレイス。
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2006年11月14日

キル!

06.11.12-5.jpg  二日間,福井の友人の寺に報恩講のお手伝いに行ってきた。第一日目の法話の講師は,アレン・ネルソンさん。ベトナム帰還兵だ。2時間あまりのお話をうかがった。満堂の聴衆を前に,つらい経験を話された。海兵隊の訓練では,思考することを止め,ひたすら「キル(殺す)」ことを教えられたという。
 以前に,友人からネルソンさんの著書を手渡されたとき,読むのが嫌だった。ヤハリ読み終えて,自分に「けもの」のようなどうしょうもない情動があることに向き合わざるをえなかった。ベトナム戦争の特殊な話ではない。少年院で少年たちが荒れたとき,少年鑑別所で暴走族の来襲を受けたとき,自分の中の「けもの」感覚が燃え上がったことを思い出す。
 お話の後,質疑の時間に,「ネルソンさん,得度して坊さんになりませんか?」という質問があったが,ひたすら救いを求めるような口調に,そんな質問が生まれたのだろう。
 その後の「こども報恩講」に是非参加したいと言われ,急きょお話をされたそのひとコマがこの写真だ。
 
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2006年11月11日

冷たい雨が降る

06.11.11-2.jpg  PCが戻って,嬉しくて心がはずんでいる。本当に子どもじみている。
 昨晩,ある方から電話をいただく。その方はパソコンをされないのだが,甥ごさんが僕のブログをプリントアウトして届けてくださっているという。嬉しい。有難い。
 午後から依頼を受けている法話,「今,丁寧に日暮しする」という講題をいただいたが,頭に浮かぶのは,空しく過ごしている自分,いや,空しく過ごしていることにすら気づかない日常ということぐらいしか話せそうもない。
 そして,夜には,友人宅を訪れる予定。総代からいただいたカラミ大根を届けよう。おしゃべりが楽しみだ。
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2006年11月11日

パソコン戻る

06.11.10-2.jpg  パソコンショップから,「修理出来ました。」と電話が入る。嬉しい。ある別院での法話を聞く予定をしていたが,出発時間を早めて,まずパソコンを引き取る。
 別院でのお話,お話がストンと自分の胸に落ちるが嬉しかった。ご講師のお話が素晴らしいのはもちろんだが,パソコンが戻っただけで,気持ちに余裕が出来て,お話を素直にうなずける自分になれたような気がする。ご講師も話題にされていたが,報恩講でのお参りが少なかったのに,昨日の法座は満堂だった。
 帰宅して,早速,マシンを切り替える作業をする。わずか10日間だったけれど,ストレスから解放される。そう思うだけで心が軽くなる。
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2006年11月10日

ツワブキ

06.11.9-3.jpg  「確か,ゴエンさんの裏の畑に咲くはずだけど。」と聞いて,そういえば畑の後ろに黄色い花があったような気がする。毎日,自分の植えた菊の咲きぐわいを見に畑には行っている。けれど,ツワブキに目が行かなかった。
 そう思ったら,気になりだして懐中電灯片手に裏の畑へ。「咲いている咲いている。」いっぱいあるではないか。こんなに目立つ黄色の花を気に留めず,菊の咲きぐわいばかりを気にする僕の視野の狭さを今更ながら感じる。
 ふと見上げると満天の星だった。まわりに光がないから,昨晩のようないい天気の夜空は素晴らしい。真夜中に外に出て,いいこともある。過疎の地の特典か。
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2006年11月09日

帰る場所を見失う

06.11.8-1.jpg  昨日一日,カーナビが狂いっぱなし。現在地がまるで違うところを指す。音声ガイドも間違った指示を出す。異常気象のせいか,原因は分らない。僕のような方向音痴人間にとって,実にナビは得がたい助っ人だった。ナビに頼って運転しているから,ナビの指示がなければ敦賀市内だってちゃんと走れない。地図を覚える作業をまったく怠っていたからだ。大野市にある紅葉の名所へのドライブも考えていたが,しばらく見合わせよう。
 実は,2日前に,ある小物がないのに気づいた。どこかに置き忘れたのだろう,その内出てくるだろうと考えていた。だが,どこにもない。昨日は,その日一日の行動を振り返りながら無くなったものを必死で探す。自分にとってこんなに大切なものを,無いことに気づいたその時に何故探さなかったのかと悔やむ。
 「その内出てくるだろう。」と考えたずぼらな自分。そして,見つけるまで落ち着かず,アチコチ探し回る自分。どちらも自分の性格のせいか,年寄りの特徴か。
 無くなったものにこだわる自分。それを贈ってくれた友人を失くしたような喪失感に襲われる。
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2006年11月08日

故障あちこち

06.11.6-1.jpg  地元の下水の配管工事が一段落したかと思えば,市内も道路工事している。市内に通じる8号線の舗装工事は,必ずどこかでやっていて,一方通行で待たされるのが常だ。
 4月早々から通いだした歯医者。歯周病の治療だからある程度の長期戦は覚悟していたのだが,その間に,差し歯が抜けたり,義歯の針金が折れて作り直す。今は歯茎が腫れて,その治療をしている。際限なく続く故障にウンザリ。特に今の腫れた歯茎の治療は痛くてつらい。でも,通い続けなければならない。今日の午後も診察予約入れている。
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2006年11月07日

ぐうたら寝る

06.10.30-2.jpg  冬になると,鉄瓶を石油コンロに掛けて,いつもお湯が使えるようにしている。
 外は雨。いつもは起きているハズの6時半の目覚ましでも布団から出る気にはなれない。毎朝7時のお朝事も,ついに初めてパス。ゴミ出し限界の8時まで布団にもぐっていた。
 いつもは,夜9時には布団に入り,朝は苦もなく早起きが僕の生活のリズム。ところがこのところ,夜遅くまで起きていることが重なった。昨晩も,婦人会のお勤めの稽古を終えてそれから夕食。グダグダしていたら,夜遅くなってしまった。
 体調と意欲とは,本当に相関関係なのだ。ゴミ出し済ませて,また,もう一眠りするか。しかし,いったん起き上がると,どんなに疲れていても,眠れないのは歳のせいか。それに布団に入って考えることはクヨクヨすることが多い。前向き思考にはならぬ。それで,ボーッとした頭のまま起き上がることになる。
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2006年11月06日

熱めがいい

og.jpg  前に勤務していた少年院のOB(OG)会に出席する。そこで旧知の先輩職員の訃報などを聞く。
 翌日,報恩講の法話の予定があったから,早々に失礼して帰宅するが,懐かしい方々との会話が頭を離れない。そこで,気分一新を図ろうと温泉に。
 今庄365スキー場にある温泉。「やすらぎ」。なかなかお湯がいい,露天から見える山の景色がいいなどと言われていたので行ってみたいと思っていた。
 実は,数日前にも行ったのだ。ところが定休日だった。毎週火曜日が休みと知らず,気負いこんで車を走らせ空振りにがっかりして帰宅したというオマケつきの日帰り温泉だ。山の中腹というロケーションのよさと,小規模の造りからかもしだされる気さくな雰囲気も人気の秘密なのだろう。結構たくさんの入浴客だった。湯上りの火照った身体が,何とも気持ちいい。
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2006年11月04日

11月の朝顔

06.11.3-1.jpg  夏の花,朝顔。でも,我が家の朝顔は少し花数は減ったものの,まだまだ咲き続けている。いつもなら,とっくに枯れ果てているはずなのに。いつまでも咲き続ける朝顔をいとおしいと感じている。最後の朝顔が咲き終わるまでこのままにしておこうと思う。
 天気のよい日が続いているからだと思うが,それでも朝晩は少しずつ冷え込んできたようだ。何だかんだといっても確実に冬はやってくる。「まだまだ若い」は,比較の話。気休めの言葉。「老い」に身を添わせ,分相応の生き方がふさわしいのだ。
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2006年11月03日

われら

06.11.2-2.jpg  鍋の強い味方,白菜。今日は一人用の土鍋を買いに行こう。
 
 一昨日の勉強会で講師から「十方衆生の呼びかけを善導大師が「われら」と確かめられた。」と教えられた。この「われら」が座談会でも話題になった。「私一人のところに仏の悲願が届いた。」との感覚は分るけれど,「私にも」「こんな私にも」ということではないか。課題をいただいたような気がする。
 昨晩,床に入って寝ようとしたところに電話が鳴った。受話器を取ろうとしたところで,鳴り止む。「どなたが電話を下さったのだろう?」随分損をしたような感じ。気になって仕方がない。セールス以外あまり掛かることのない電話。誰なんだろうと思う。
 11月には,僕のような者に3つのお寺から出講依頼がある。いずれも僕を育ててやろうという住職方のご配慮を感じる。入寺してからの1年間を自分なりにまとめることぐらいしか話せそうもない。そんな自分をそのまま投げ出すか。
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2006年11月02日

はまる

06.11.1-2.jpg  テレビドラマ「僕の歩く道」を録画して見ている。自閉症の主人公を笑顔で付き添うヒロインに参ってしまっている。ひんしゅくを買うような主人公の言動に笑顔で付き合うヒロインにはまってしまう。美しい人というだけではないと思う。
 僕は高校卒業まで,知的障害の姉と一緒に育った。彼女は僕のことを慕ってくれたように思う。でも,僕はうっとうしいと思い続けていた。まとわり続けられるのを嫌っていた。彼女から逃れられるのが命題のようになっていたし,自分のエリート志向の原点のどこかに知的障害の姉を持つ自分の劣等感があったように思う。
 ヒロインの演ずる生活観のない笑顔。自閉症の主人公を理解し,サポートする姿をまぶしい思いで見詰め,ため息しながらはまってしまう。そして,「うtっとうしい」と嫌い続けていた自分をうずく。
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2006年11月01日

失うをおそれる

06.10.31.jpg  昨日も,こんなに沢山の菊を頂戴する。物をいただくのは,心を頂戴することだとつくづく思う。こんな,ご厚情に触れ,感謝の気持ちで一杯になる。新しい友人も出来た。有難いと思う。僕のようなものにと感謝するが,喜びが大きければ大きいほど,何故か,もっともっとと欲張りになるし,それを失うことを恐れる気持ちが自分を苦しめる。
 喜びや感謝だけでは済まない,自分。
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2006年10月31日

クマに注意

kuma.jpg  こんな回覧が本当に回ってくる。でも,笑い事ではない。先日の区の総会で区長から近くでの目撃情報を紹介された。昨日のニュースでは福井市内の8号線沿いのホームセンターに現れたとの信じられないような話。
 イノシシは,切実。毎晩のように現れ畑を荒らす。被害も甚大だ。
 今年は,山に食べ物が少ないのだろうか。ついに今朝の朝刊の一面にまでクマ猛威との見出し。「捕殺」という言葉を初めて聞いた。要するに殺ろすことなのだ。
 
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2006年10月30日

PC依存症?

sekibutu.jpg  昨日の朝から,パソコンの調子が悪い。取説読んだり,いろいろやってもダメ。とりあえず古いマシンでブログを書き込む。ブログはすぐできたのだが,ホームページの方はなかなかできない。修理に3〜4週間かかると言われたから戻ってくるまで更新をあきらめるしかないか。
 修理に持ち込む前に写真データーをCDに落としたのだけれど,どうやらこのマシンでは読み込めない。USBフラッシュメモリでバックアップした文書類だけで,しばらくは我慢するしかないか。
 入寺してすぐ新しいマシンを購入して,ホームページを作るなどした。1年間愛用したから,古いマシンの遅いことや使い勝手の悪いのにイライラしてしまう。昨日一日は自分で分るほど不機嫌。何もかもイヤになってしまう。そんな気分になるのは,僕が結構パソコン操作にはまっていたのかもしれない。それにしても1年分のデジカメ写真が,全部ダメとは。とほほ。
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2006年10月29日

パソコン故障?

  昨日は,五村別院の報恩講へ,今受けている講座の実習として出仕する。行ってみてビックリ。30数名いる受講生なのに,出席者はわずか3名。他はスタッフと言われる指導者ばかり。それでも,経験できるいい機会と余間に上がる。沢山の色裳付の法中に混じって,僕たちの黒衣集団が逆に目立ってしまったかもしれない。隣のスタッフの方の声に引っ張られて,声を出してきた。
 何しろ初めて。こんなにも大勢の法中で別院の報恩講はお勤めするのかと圧倒される。
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2006年10月28日

ゆうばえ

06.10.27-1.jpg  隣の村。河野村(南越前町)にある日帰り温泉「ゆうばえ」。名のとおり,海に沈む夕日が風呂に浸かって眺められる。いつかはと思っていながらも,今までその時間帯に行ったことがなかった。17時ちょうど。太陽が海に沈む寸前には,浴場も真っ赤な夕日に染まる。
 帰りは,620円を奮発して,河野海岸道路を走る。漁火を見ながら海岸を走る。この道路,11月からは夜間無料になるらしい。それにしても,片道620円はチョット高すぎる。当然のことながら,この道を福井ナンバーが通ることはめったにない。
 これを贅沢というのだろう。
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2006年10月27日

ひとり指圧器

06.10.25-3.jpg  愛用し出して,もう30年近くになるのではないか。きっかけも覚えていない。確か,中山式快癒器という名前だった。これを背中や首などの下に敷くと,指圧になる。確か,最初は胃潰瘍の治療か予防のために始めたような気がする。でも,ずうと使い続けているのは,肩こりや胃が重い時,とても気持ちがいいから。
 他の人に背中を押してもらうと,ツボが違ったり,強すぎたりすることがあって,思いどおりにならないが,これは自分の気に入る所に置いて寝るだけで自分の体重が指圧してくれる。
 ガムテープで補修してからも10年以上経っている気がする。これからも,ずうっとよろしく。
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2006年10月26日

焼き鯖寿司

06.10.25-2.jpg  昨夜,O総代からいただいた焼き鯖寿司。
 あったかくて,鯖も肉厚で,あぶらが乗って,とてもおいしい。
 菊の鉢もいただいた。一昨晩は,前の総代のMさんから,お刺身を頂戴した。中学生の下校見守り時には,手作りのフキンをいただいた。寺で使ってほしいという。
 新米をと,お米も色んなご門徒さんから沢山頂戴した。お仏飯にといただいたのだが,とてもこの寺だけでは消化しきれない。それで,内々に都会地にある友人のお寺に少しお裾分けもした。台所には,いただいた野菜が食べきれないほどある。
 本当に信じられないくらい,いつも沢山,色んな方からいただく。こんなにしていただいていいのか。
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2006年10月25日

キムチ鍋

kimuti.jpg  スーパーで,土鍋の材料が並べてあるのを見て,久しぶりにキムチ鍋に挑戦。昨年の冬は,全く作らなかったから,作り方を確認したくてネットでレシピを調べたりした。
 先日の報恩講で,泊り込みで手伝いに来てくださった友人たち用にオデンを準備したことから,にわかに鍋物をしてみたくなったのだ。
 そう言えば,今年の1月2日,三重県から来られたS先生の松坂牛でのすき焼き。来年の正月も出来たらいいなあと思う。
 
 
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2006年10月24日

今年は大きい

06.9.21-3.jpg  キューイフルーツ。今年は,春に実を半分摘果したから,粒が大きい。収穫はいつごろするんだったろう。もうそろそろか。
 それに比して今年の柿は実が少ない上に,色付いたら直ぐにカラスに食べられてしまう。
 イノシシの被害の話を聞いた。サツマイモ畑など,相当荒らされているらしい。国道8号線を渡って山から降りてきているという。親子連れが一直線になって並んで歩いているのを見たと言う話も聞いた。
 
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2006年10月23日

若くなきゃ

06.9.29-4.jpg  昨日,いつもの喫茶店で隣席に座っていた中年のサラリーマン風の二人の会話。「何たって,若くなきゃ。」その言葉が,どういう文脈の中から出てきたのか分からなかったが,その客が帰った後も,その一言がひっかかった。
 そして,うちの報恩講で講師のおっしゃた「歳とったらアカン」の言葉が重なる。
 帰る場所を見失って,「若さ」や「役に立つ」モノサシばかりでしか人を見ない。
 夜中に目を覚まし,眠いのに眠られない。そして,老いる自分を引き受けられない。どうにもならぬことを「仕方ない」とも思えず,夢の中に逃げ込もうとする。「頭の先から足の爪先まで煩悩まみれ」と嘆かれた講師の言葉が繰り返す。
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2006年10月22日

忌明の法要

06.10.14-1.jpg  ホトトギス。今が満開か。
 昨日は,ある門徒さんの七七日の法要だった。この村での法事はていねいだ。自宅と寺と両方でお勤めし,その後,料亭で宴席となる。
 法話では,七日ごとにお話させていただいたことが有り難かったと,話した。その時その時,自分が今,お念仏をどういただいているのかを問われました,
 法事のたびに,思うのだが,お参りの半数がだいたいこの村の人たち。本当に,この集落の人たちは親戚同士が多い。今更のように地縁血縁の地なのだと思う。
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2006年10月21日

生きている甲斐が

10.20-1.jpg  昨日は,僕が得度前に,声明を教えてくださった先生の寺の報恩講に参勤する。得度以来,経験を積めよと,呼んでいただいている。正信偈真(しん)四句目下げ,念仏和讃五淘(ゆり)のお勤め。多数の法中に混じって内陣に上げていただく。声を張り上げてお勤めしたけれど,考えてみれば今年初めての五淘のお勤めだった。この後,何度かお勤めの経験が出来そう。
 ご法話では,ご講師の先住が亡くなる前に言われた言葉を紹介された。「念仏も申されぬ,仏法も聞くことが出来なくなっては,生きている甲斐がない。」との言葉が,今になっていただけると,切々とお話された。
 お参りに行ってよかった。
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2006年10月20日

洗濯

06.10.20.jpg  久しぶりにスケージュール表に何もない日。随分怠っていた家事労働でもするかと,掃除機を持ち出して,途中で,ここ何日も晴れの日が続いているなあと思い,シーツ洗濯に変更。さすがに部屋干しはできないから,外に干す。アレ?竹ざおにアクのようなものがついていて,竹に触る部分が黒く汚れてしまう。何をやっていることやら。
 戸のサンも雑巾絞って拭いてみる。何と雑巾が真っ黒になる。そうか,入寺以来戸のサンまでは拭いたことなかったなあと思う。フト見上げると,カモイやナゲシにホコリが一杯。はたき掛けようか,そうすると折角掃除機かけたのに元の木阿弥。掃除機をもう一度かけなおししなければならん。迷ったあげく,結局,中断する。年末までに,一度チャレンジしよう。要するに怠け者,モノグサなのだ。キレイなのは好きだけど,片付けも掃除も余り得意じゃない。それってキレイ好きとは言わないのだ。
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2006年10月19日

天罰?

06.10.18.jpg  パン(チーズフォンデュといったか?)をかじっていたら,突然,前歯3本がポロリと落ちた。鏡を見てもう一つ驚く。口を開けたらもちろん,口をつむっても上唇がゆるんで,10から20歳じじむさくなっている。これは大変と,コンビニにマスクを買いに走る。
 なんで,突然,前歯が取れたのか?と思う。
 入寺して1年あまり経った。先日の報恩講も皆さんのおかげで終えることができた。新しい人間関係も出来て,法務(寺の仕事)も少しずつ覚え,出来るようになった。どうなるかと思った第二の人生がそれなりに順調に経過している。
 こんなに調子づいて生きてていいのか。こんな風に順調でいいのか。勝手気ままに過ごし,自分の思いを優先してヒトのことなんかかまわない。どこかで,バツを受けなければ気がすまぬ。
 マスクしていたら,本当に風邪を引いたような感じになって,クシャミや悪寒も。
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2006年10月18日

五村別院清掃奉仕

gomura-1.jpg  昨日は,MさんとNさんの二人のばあちゃんをお乗せして,五村別院へ。長浜ICを降りて10分ほどのところにある別院。教如上人が京都の東本願寺を建てられる前に居られた寺という。
 清掃奉仕の割り当てが来た時,早速このお二人に奉仕の話をして,OKをもらっていた。それを伝え聞いたある人から「何で行くんや。誰も行かんぞ。」と言われていたから,奉仕する人は少ないだろうと勝手に考えていたが,到着してビックリ。本堂一杯のご門徒さんが座っているではないか。
 掃除にかかる前の正信偈・同朋奉讃。すごい人数でのお勤めのよさを今更のように感じた。その後,仕事を振り分けられて掃除しました。
 帰りは,湖岸道路を通り,滋賀県と福井県の県境にある蕎麦屋で昼食して帰る。おいしかった。
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2006年10月17日

点灯

tentoh.jpg  昨日は,ホームセンターへ行って庭園灯を二個購入。境内の庭に取り付けた。
 光が庭の雰囲気を一変させる。何度も玄関を出ては,庭を眺めて,悦に入る。
 しかし,夜に寺を訪れる人ってあるだろうかと思ってしまう。誰かに見せたいのだ。来月の第一月曜日,婦人会のお勤めの稽古まで,誰にも知られないワケか。
 光に照らされる庭を見ながら,「南無不可思議光」「無礙光」などといわれる「光」をいろいろ考える。
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2006年10月16日

朝寝坊

06.10.14-4.JPG  「おはようございます。」の声で目を覚ます。7時だ。朝に強いハズの僕としたことが,信じられない不覚。
 報恩講から,珍しく法衣を着ることが続いた。通夜の手伝い。葬儀のフギン2日。中陰参り。そして,昨晩は長浜で永代経の法話を。この1週間で5足の足袋を履き替えた。
 永代経のお話では,入寺してからの1年間を総括しようとしたが,これじゃあダメだと,少年院生徒から学んだことを話の中心に置き換える。何をどう話そうかと,一日中頭を悩ます。レジュメを作りながら,頭がグルグルになる。
 法衣を着てお茶をいただくと,必ずお茶うけに和菓子がつく。それがこんなに溜まってしまう。
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2006年10月15日

カーテン

06.10.14-2.jpg 洗濯物を部屋干ししている。洗濯機に近い部屋にポールを付けてハンガーを吊るしている。問題はその部屋が居間ということか。
 居間にしている板の間に,椅子とテーブル置いている。法要などの行事ごとになると,結構色んな人がここに座る。座敷の和室が客用になるということもあるが,知らぬ間に本部席のようになってしまう。
 報恩講のとき,ある婦人会の方から,洗濯物を廊下に干したら,と助言を受ける。「お客の目に触れないようにした方がいい。」という。なるほど。
 ものぐさな僕は,洗濯機に近いところに干したいし,実は,乾いたらそのまま着用している。
 ある友人にその話をしたら,「手前のポールにカーテンを吊れば。」と。そのアイディアに飛びつく。来客のあるときには,カーテンを閉めれば洗濯物が隠れるではないか。
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2006年10月14日

自分を許す

06.10.10-2.jpg  初物の秋大根をいただく。
 
  昨日は,葬儀のフギン(導師の助音)で夜6時過ぎに帰宅。葬儀の後の還骨法要に続いて,仕上げと称する宴席に出席したためだ。実は,夜7時に中陰参りを約束していた。だから,お酌されても出来るだけ飲まないようにしたつもり。
 でも,飲んだことには変わりはない。門徒さんのお宅にお邪魔したら,「ゴエンさん,折角の仕上げ,飲めなかったでしょう。」と言われ,「車運転した?」と聞かれる。「ううん。乗せてもらった。」に,「今は,酒飲んで運転したら絶待アカン。」と安心される。警察庁の飲酒運転防止のキャンペーンが徹底していて,車を運転する人は誰も酒に口をつけなくなった。
  そして,「飲酒運転は法律違反だけど,赤い顔して読経しても法律違反にならない。」と言われた。葬儀でも,キンのタイミングを少し失敗した。「初めてにしては上出来。門徒さんは誰も気づかないよ。」の導師のやさしい言葉に,一安心する。
 自分を許してばっかり。
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2006年10月13日

メガネ踏む

06.10.10.jpg  このごろ,何を読むにも老眼鏡がいる。それで,アチコチの部屋に老眼鏡を置くことになるが,ほとんどの時間帯を過ごすこの和室には,先日買い求めた一番いいメガネを置くことにしている。
 ところが,立ち上がったときに足の裏でグチャリ。一番いいメガネを踏んでしまった。どうせ踏むなら千円のメガネを踏めばいいのに。報恩講を終えて気分が浮かれていたんだろう。いつもなら新聞読んだら,机か台の上に置く習慣だったのに。ナゼかそのときだけは畳みの上に放置していたのだ。
 「バチが当たったのだ。」と,真宗の坊さんらしくないことを思う。何か罰を受けなければ落ち着かぬものを抱えている。
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2006年10月12日

帰る場所

06.10.9-1.jpg  笑顔の法座だったけれど,お話は厳しいものだった。
 帰る場所を見失って,ウロウロしている。しかも,そのことに気づきもしない。
 報恩講の法話が頭に残っている。課題をいただいた。
 
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2006年10月11日

一夜明ける

06.10.9-2.jpg  昨日,一日中ぼおっとしていた。疲れからくる足腰の鈍痛,2日間の出来事の反芻などで過ごす。そして,折角のお斎や,楽しい笑顔の写真を撮り忘れていたことなど思い出す。そして,冷蔵庫に残されたお斎をいただきながら,缶ビール呑んで過ごした。
 道で出会う人たちに「終わったね。」「よかったね。」「ありがとう。」などと,声をかけられる。
 当日配布した「勤行次第」の末尾に「ご法話(約1時間)」と書いてあったのを,「午後1時から法話会」と誤解されたらしい。昨年の報恩講がそうだったから,今年もと思い込む人がいて,説得するのに苦労した,と聞いた。普段なじみのない「法話」の文字がいけなかったらしい。「法話」の文字は,年1回ある「法話会」にしか使わないほうがよさそう。
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2006年10月10日

やったあ,ご満座

06.10.8-3.jpg  昨日は,5時起き。6時には婦人たちが来てくださった。6時半に太鼓。7時半から晨朝。8時すぎから,お斎。年番の心意気の精進料理をいただく。8時45分からご法話。10時半から満日中のお勤め,そして,ご法話。12時から昼食,そして片付け。
 夢中の一日だった。実は,朝食のお斎のころから,正座がきつくなり出して,膝がガクガクに。強くなったはずの正座が苦しくなってしまった。
 ご法話は,厳しいお話だった。「子どもは大きくなったら大人になる。では,大人はその後どうなる?」から始まり,「歳とったらアカン」とはと問われ,厄介な物,どうしょうもない情けない私を突きつけられる。地獄は孤独。帰る場所はどこなのかと説かれた。涙を流すおばあちゃんもおられた。
 おかげさまで報恩講を終えることが出来ました。有り難うございました。
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2006年10月09日

報恩講一日目終える

06.10.8.jpg  昨日は,報恩講の一日目。初逮夜と初夜。沢山の方々のお参りをいただく。僕にとっては初めての方もあった。
 講師の身を投げ出すような懸命なご法話を頂戴する。「自分のことを自分で許せるのなら,阿弥陀さんはいらない。」の厳しい言葉にハッとする。
 今朝は,7時半から晨朝だ。
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2006年10月08日

今日から報恩講

okesoku.jpg  昨日は,朝から婦人会の役員が出てくださってお華束つくり。誰ともなく「買えば形が整っていていいけど,自分たちで丸めましょうよ。」「作るなら餅米持ってくるよ。」となって,釜やセイロなど道具を持ち寄ってお華束作りに挑戦。6升の餅米をつく。みなさん手際がいい。そして,おろし餅にあん餅もいただきました。つき立ての餅は本当においしい。
 今日は,午前中に総代たちが来てくれて五色幕の設置などをしてくださる。いよいよ本番だ。住職に就任してから初めての報恩講だから,これまでの慣習を伝承しながら僕なりの企画をプロデュースしたつもり。結果はどう出るか。
 それにしても,準備の一番は掃除だなあと思う。昨日は,ご婦人たちが台所を掃除してくださったが,「床を何度拭いても雑巾が真っ黒になる。」などと言われてしまう。
 さあ,内陣を拭きあげることから始めよう。天気予報が悪いのが少し残念。
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2006年10月07日

花たちとの格闘

06.10.6.jpg  「6日に花を活けるから,6日に持ってきて」とお願いしていたら,実に沢山の花が集まる。いただいた花を見ながら,もっともっと,と思う。「玄関前のコスモス切らせて。」と電話したり,花屋でユリを求めたりした。
 報恩講の松の真は,軒真というのらしいけれど,今年は,いただいた松をそのまま使う。真っ直ぐではないのが難点。Uばあちゃんのクジャク草,何日も前からバケツに漬けていてくださったらしい。小菊は,Kさんの「昼からでいいか?」に,「いや午前中に持ってきて。」とお願いする。
 昼の11時半ころから取り掛かって,片付け済んだら4時まで,悪戦苦闘した。本堂の花瓶が合計6つ。それに,残った花は,花瓶を総動員して庫裏や離れに7ヶ所活けた。式台の隅にコスモス。仏間の床にはMさんのシュウメイギクとホトトギス。などなど。最後に残りをペットボトルで作った花瓶に活けトイレに置く。ここが3つ。何と合計すれば16の花を活けたことになる。そうは言っても,本堂の花にほとんどのエネルギーを使ったのだけど。
 いつもは朝昼兼用でお仏飯を11時ころいただくのだけれど,昨日は午後4時にブランチした。
 夜は,門徒さんの初月忌。それを終えたら,クタクタになった。それなのに,晩酌しながら誰かに電話したくなる。それをこらえて杯を重ねる。
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2006年10月06日

タカノハススキ

06.9.29-3.jpg  鷹の羽すすき。トラフススキとも言う。昔,お茶を習っていたころ,茶花として使いたいからと鉢に植えて持ち歩いた。ここへ来て,寺の境内の庭に植えたら随分大きく育って穂も出てきた。鉢に植えていたときとは全く別物であるかのように背も高くなり元気だ。ところが,「ススキはこんなとこに植えるものではない。」と言われてしまった。裏庭かどこかに移さなければならない。日当たりが心配だが,活力の基のような生命力で生きのび続けるだろう。
 昨日は,更生保護の研究会と聖教学習会など外に出かける用事が多かったが,今日は,報恩講(8日,9日)に備え,掃除や仏華の準備の一日になりそう。
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2006年10月05日

エゴマ

egoma.jpg  エゴマ。僕の生まれ育った飛騨ではアブラエという。五平餅も,みそゴマではなく,アブラエの衣が本当だと信じて疑わない。ぼた餅だってアブラエが断然おいしい。僕にとってはおふくろの味。24年前の今月亡くなったお袋がよく作ってくれた。単身赴任するようになって,アブラエをよく使うようになった。味覚が幼児がえりしている。
 
 昨日の敬老会の講演。頑固で自分の思いばかり優先して人の話を聞かない,と言ったけど,それって僕自身のことだ。
 僕の一言一言に反応して独りごとをいう方がいて,困ってしまう。思わず「何でしょう?」と聞いてしまった。周りの人が(気にしないようにと)首を横に振る。僕のように聴衆の反応を受けながらしゃべるタチには,敬老会はムリかもしれない。自分の言うことを分かってほしいという思いが強すぎるのだ。
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2006年10月04日

ショウニン?

06.10.3.jpg  刈り込みを終えた境内の庭。いいと思って植えたシマススキ。「こんな所に植えるものでない。」と言われてしまった。刈られてしまうかと,急いで,根っこを一部裏の庭にもって行く。
 
 昨日の朝,今日行く老人会の幹事役の方から電話がかかる。「紹介するのに,何て言えばいいのか?」と聞かれる。聞いてみると,肩書きではなく,敬称を問われたのだ。「上人というのか。」あわてて「先生」でお願いしますと答えてしまった。そういえばどこかの葬儀会場で「〇〇上人様のご入場でございます。皆様,お起立ください。」というアナウンスを聞いたような気がする。ご院主(いんじゅ)という敬称もイヤだ。
 法話の紹介で「〇〇師」というのをよく見る。それはそれで見識なのだろうけど。少なくとも自分には使ってほしくない。
 用件はそれだけの電話。でも,一日中そのことが頭から離れなかった。
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2006年10月03日

追いすがる眼差し

9.29.jpg  ある門徒さんからいただいたインパチェンス。本堂の前に飾る。
  一年以上も前なのに,女子少年院での生徒の人懐っこいそして追いすがるような眼差しを思い出すことがある。当時は,こういった生徒たちとの別れが淋しくつらいものだったが,今は,そういう眼差しをいただけたことを懐かしく思い出す。
 彼女たちの救いを求めるような眼差しが,自分にとって,とても大きなものだった。
 退職して,寺に入り門徒さんに囲まれて生活しているが,今のところこういった眼差しに出あうこともない。むしろ,自分の気持ち優先で生活しているような気もする。追いすがるような眼差しと,今いただいている暖かな眼差しとの違いをかみしめて生きる。
 昨晩は,第一月曜日。恒例のお勤めの稽古だった。いつもの顔ぶれが集まって,三淘(みつゆり)に挑戦。夕食は,いただいた,おでんと野菜の天ぷらで晩酌して寝る。
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2006年10月02日

剪定作業

06.10.1.jpg  急きょ,昨日は雨の中を境内の刈り込みが行われた。今月,8,9日に予定されている報恩講を考えると,「今日しかない。」と総代たちが道具持参で剪定作業をしてくださる。
 この生垣は杉。「頭を抑える」ということで,電動の機械では剪定できないと,剪定ばさみを使って切りそろえていただく。写真ではアップできないが本堂の前の庭もきれいに葉刈りしていただきました。
 実は,昨日は所要があって肝心の僕は途中でエスケープ。申し訳ないと思いながらも,作業の最中に出かけてしまう。友人の住職たちに話をすると,「信じられない。」という反応が返る。「自分でするか,業者に頼むしかない。」と。ところがウチは「住職がいなくてもいい。外周りだけだから,戸締りして出かけてくれ。」との言葉に甘える。
 報恩講の前日にも,婦人会がお華束作りをしてくださる。それなのに,僕は法事の予定を入れてしまったのだ。こんなにアテにならぬ住職もいないか。
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2006年10月01日

夢と期待と

06.9.30-2.jpg  塩作り体験の本番。地元の小中学校児童生徒が各班に分かれて,塩を煮詰める。
 昨日は,朝早くから海岸に出て,塩作りの諸準備を手伝う。小中学生60名が海岸に到着した時にはなぜか胸が高鳴った。大人たちが懸命に動くのを見て,小中学生に塩作りを実際に体験してほしいとの熱い気持ちが出ている。
 僕は,普段接することのない年代の子らと,一言二言,言葉を交わすだけで新鮮だった。この子らは,大人たちの期待や願いかけを身に感じている。これからの夢も一杯持てる。この若さや屈託のない笑顔が心地よかった。高学年の生徒が,小さい子をそれとなく気配りする風景や天真爛漫に砂遊びする姿も見せてもらった。そして,それを支える大人や教師の動きも。
 退職後は,寺に入るという「夢」は,一応実現できた。夢を果たせた後は,どうなのか。近く予定されている老人会での講演を構想する中で,夢の果ての人生を考える。
 分不相応の夢を持てば,周りを困らせる。自分も苦しむ。
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2006年09月30日

老いる

06.9.29-1.jpg  退職して1年間,新しい生活に夢中だった。入寺して出来た新しい人間関係,することなすことみな未経験のことばかりで,毎日が新鮮。お付合いする人がほとんど僕より年長の門徒さん方ばかり。「若いもん」などと言われていい気になっていた。
 このブログにも,「第二の人生」などということも書いて,「余生」というニュアンスとは違う自分の人生への意欲みたいなものを書いた気がするが,先日,ふと,あと10年で70歳を越えると思った。好きなように生きるのはいい。でも,責任の持てることや長いスパンでのことはまわりに迷惑かけるし,どうなのかと思う。「元気なうちはいい」という限られた生き方なのか。
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2006年09月29日

彼岸花を活ける

06.9.28.jpg  ススキを真にしたのを先日アップしたけれど,ススキは枯れるのが早い。活け替えしなければならないが,報恩講が迫っているので,できるだけ今の花を残したい。そこで,中庭に自生しているヒノキの枝を切って真に。そして,裏の畑の彼岸花を手前に活けてみた。これで来月初めまでもってくれるか。
 Mばあちゃんから「外便所の周り草をむしっといたから。」と言われる。そうか,境内の草むしりしなくちゃ。報恩講まであとわずか。
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2006年09月28日

いさりび

06.9.21-5.jpg  夕方6時の中学生の下校見守りボランティアをしているので,日没時間が早まっていることが手に取るように分かる。明日の見守りからは懐中電灯を持っていこう。
 中学生と歩いて行くと,海岸の向こうにイカ釣り船の光が見えるようになった。「いさりび」だ。僕のカメラでは,いさりびをうまくキャッチできないのが残念。
 昨日の勉強会。「聞かざるもの称えざるものを,聞きつ称えしものに成就したまう。」「となえぬ衆生をとなえたものに成就したまう。」を聞く。
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2006年09月27日

エロ坊主

gotisou.jpg  シルクロードでは,こんな食事を食べ残す。それが当たり前のような,一面,贅沢三昧の旅だったような気がする。
 彼岸会法要二日目のお話では,ある宗派の坊さんたちがカラオケに同席したコンパニオンを自室に「お持ち帰り」したとのガイドの話を紹介した。そして,それを非難ばかりしておられない自分の有様,といった趣旨の話をした。かって「エロ坊主」と言われ激怒したが,今は,「はい。そのとおり」と言えるような気がする,というようなことを語った。
 終わって,ある総代から「ゴエンさん。あんな話はしない方がいい。」と注意された。
 確かに,法話とはとても言えない,情けない話だ。こんな話ばかりしていてはイケナイのかなあ。
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2006年09月26日

彼岸会法要終わる

06.9.21-1.jpg  彼岸花って,本当に不思議な花だ。突然,真っ赤に咲き出す。しかも,お墓の周りに咲く。この墓石は,藤本家の墓だ。
 2日間の彼岸会法要を終える。予想外に沢山の門徒さんのお参りをいただいた。今回の様子を見ると椅子席から席が埋まって行くことが分かった。高齢化もあるが,生活様式が洋式化していることもあるのだろう。
 終わって,総代のみなさんと報恩講の打合せをする。来月の8日(日),9日(祝)がすぐ控えている。報恩講に気分がシフトする。早速,1日(日)に境内の庭の剪定をすることや,前日の準備の段取りを話し合う。接待を担当する年番のみなさんも,額を集め打ち合わせしてくださる。30日にも再度打合せするという。ありがたい。
 報恩講の講師から講題を頂戴する。初日の立山先生は「亡き人に遇う,私に遇う」,2日目の長谷先生は「ひと」という,講題だ。
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2006年09月25日

秋の彼岸会法要

06.9.24.jpg  法要開始10分前に,もう席が一杯となった。昨日は,彼岸会法要の初日。沢山の方のお参りに驚く。地元の小中学校の行事と重なったし,農作業の忙しい午後だったのだが,それをおして来てくださった。
 張り切りすぎて,声が高くなり,三淘(みつゆり)の三重では汗一杯で声を張り上げる。
 法話は,シルクロードの旅の感想を。仏教の東進の歴史を学ぶといいながら,あまりにも仏道とはかけ離れた自分の生活感覚が照らし出されたといった趣旨の話をさせていただいた。こんな格好悪い話を,みなさんに話す。
 法要が終わって,しばらくの間は,気分が高揚し,その気分をクールダウンするために,風呂に入ったりビール飲んだり。
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2006年09月24日

海水を煮詰める

06.9.22.JPG  20リットルのポリタンク3杯を煮詰める。
 今月末に予定されている塩作りの企画の中で,あらかじめ一鍋,煮詰めておこうと決まって,それを引き受けた。
 かって,この地区は塩作りが盛んだったとのことで,それを地元小中学校の児童生徒に体験してもらおうという訳だ。ところが,その当日,どうしても都合がつかぬことになってしまった。役を引き受けながらそれを果たせない。
 退職して,田舎の小寺にひっそりと生活することを意図して,実際,当初はスケジュール表なんかいらぬ生活だった。ところが,知らぬ間にカレンダーに予定が一杯になってしまっているではないか。気ままに生きるハズが,どうもそうとばかり言えないことになっている。予定というのは,いずれも人との約束だ。一人でひっそりのハズが,人との関わりに埋まれて生きる。そのいずれもが,今の自分には大切な人々なのだ。
 昨日は,Mばあちゃんが一抱えの花を持ってきてくださったし,年番のご婦人が掃除に来てくださった。今日,明日の二日間,彼岸会法要だ。
 
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2006年09月23日

萩盛り

06.9.21-4.jpg  ひと夏で大きく育って花をつける。昨年,入寺したとき,大阪の官舎の庭からスコップで根から少し持ってきた。元々,東京の鑑別所に勤務していたとき購入して,木の鉢に植えていたものだ。それを地植えしていたものを,さらに抜いて持ってきたのだ。山門の横の庭の端に植えておいたら,こんなに立派に育って花をつけてくれて嬉しい。
 萩は敦賀市の市の花だと教えられた。萩とか芙蓉なんかは,何だか寺の雰囲気に合うような気がする。先日訪れた滋賀のあるお寺に芙蓉が一杯咲いていたことを思い出す。
 訪れる人の気持ちを華やかにしてくれるのは,花の持つ力か。明日から彼岸会法要。今日は境内の除草と掃除をしよう。
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2006年09月22日

除ける

06.9.21-2.jpg  雑草まみれになっている裏の畑。鎌で刈る。ふと見ると雑草対策のために置いたキューイの下の古畳を突き抜けてスギナが顔を出している。雑草と嫌うスギナの生命力の強さに驚く。花作りとは,雑草を除ける作業でもある。植物の品種を差別する作業だ。
 友人から,オーストラリアのシドニーは人種のるつぼ。人種差別のないところ,と聞いた。僕も,シルクロードを旅して少数民族のウイグル族について考えさせられたし,圧倒的に金持ちの日本人である自分のありようを照らし出された。 
 差別の問題は,自分の内にある排斥の論理に関わっているし,自分が優位に立ちたいという根性の現われでもある。
 好きな人との出会いや,時間を共にする幸せは,宝石のように得がたいものだけれど,その分,他の人との時間を割いていることになる。
 開かれた寺院経営というけれど,いつでも誰でも,となっているのか。
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2006年09月21日

山門

sanmon.jpg  3月に撮影したから,屋根に雪が残っている山門。
 昨日の朝,突然,見ず知らずの青年の訪問を受ける。「この山門が鞠山城の表門と聞いてやってきました。」という。そのいきさつを教えてくれというが,僕は何も知らない。
 明治3年に廃藩置県のため,鞠山城が取り壊しになるというので,当時,代官だった水上嘉兵衛なる人が鞠山領主より拝領したと記録されている。
 この青年のハガキ大の名刺には,あちこちの城がプリントアウトされている。平日のこんな時間に城跡めぐりをして,歴史を探る人がいることに驚く。
 寺に生まれ,その寺の後継者となった人には「寺族」という言葉が似合う。在家から養子に入り,新たに住職となった僕には,その感覚が欠落している。仏法の伝持と寺の伝承・歴史,悩ましい。
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2006年09月20日

国宝 彦根城

hikonejoh-1.jpg  僕が衆徒として得度を受けた寺が彦根にある。得度してから毎年の彼岸会,報恩講に呼んでいただいている。少しでもお勤めの経験をとのご住職の配慮からなのだ。今回は「経キンお願いします。」といわれた。ご住職が合掌を解いたので,それとばかりキンを打ったら,手でストップの合図をされる。「伽陀(かだ)!」お経の前に伽陀が入るのを失念していたのだ。
 こんな調子で失敗ばかりを繰り返しながらも,暖かな眼差しに甘えて経験を積ませていただいている。
 彼岸会のお話は「二河白道の譬喩」だった。不満ばかりいって,恥知らずな日常が地獄ではないかとの講師のお話が胸を刺す。
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2006年09月18日

台風の前の静けさ

06.9.17.jpg  昨日の朝一番に立ち寄ってくださった保護司のみなさん。
 昨日は,福井市内のある保護司会の研修旅行の中途で,1時間高雲寺を訪問してくださる。幹事役の先生に「台風13号が来ていますね。」と言ったら,「大丈夫。台風の前の静かな間に行きます。」と。幸い,来訪の時間帯は雨も止んでバスからの移動も難なくできました。
 「抱きしめられたい子どもたち」のタイトルで,よい子しか抱きしめてもらえないのかという趣旨の話をした。何人かの保護司さんはうなずいてくださったような気がする。が,見識豊かな保護司さん方にこんな話でよかったのだろうか。でも,僕にはこんな話しか出来ない。
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2006年09月17日

ススキを活ける

06.9.16-3.jpg  ススキを仏華の真にしようと思い立ってからの数日は,頭の中はグルグルになっていた。刈りとったススキを湧き水に一晩浸ける。Mばあちゃんの鶏頭をアクセントに使おう,などと考えて,それを昨日一気に活けた。恥ずかしいけれど昨日のコメント氏に背中を押されてアップする。
 一つのアイデアが出るとそれに結構ハマッテしまう性格なのだ。40数年前,学生時代つき合っていた彼女に「余裕がない。性急過ぎる。」などとなじられたことを思い出す。何年もつき合ったのだが,彼女が見合いして婚約して終わった。ウイスキー飲んで真夜中に泣きながら彼女の家の周りを回った。完璧な拒絶にあいながらも執着した。今だったらストーカーと言われるかもしれない。
 ススキの花言葉に「隠退」とあった。還暦過ぎの小寺の住職に似合っている。
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2006年09月16日

ススキ

susuki-1.jpg  すすき(薄)。彼岸会法要の仏華の真にと考えて,「どこかにないか。」とつぶやいていたら,「山に行けばいくらでもある。」と教えられ,山道を軽四で登る。あるにはあるが,道の脇の刈り取りやすいところを探す。山のススキは背が高いから,仏華に使いやすそう。
 このところ,中陰参り(7日ごとの読経)を3軒抱え,それが生活のベースになっている感がある。「六親眷属なげきかなしめども」と蓮如上人のことばにある近親者の悲しみにどれだけ添えるのかと自問自答しながら勤める。そんな中,ある親戚の方が赤本(大谷派勤行集)を持っておられ,「お東ですか?」と言葉を交わし,勤行の途中でページを言いながら一緒にお勤めする。
 夕方,年番(門徒さんの当番)の二人が来てくださって,報恩講(10月8日,9日)のための打合せの日取りを下相談する。彼岸会法要(9月24,25日)と法要が近接しているから,両方を一緒に考えなければならない。
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2006年09月15日

グンバイヒルガオ?

gunbaihirugao.jpg  敦賀に来て,それぞれ別のところで知己を得たS氏とT氏が,そろって玄関に現れる。居間にお通しして,お話をうかがう。お二人は,横浜の海岸の植生を調べるために歩いておられた様子。

 「珍しいものを見つけました。グンバイヒルガオです。」とデジカメに撮られた写真を見せていただく。「先日は,椰子の実が流れ着いていました。対馬暖流がタネを運んでくれたのです。」