2008年08月12日

なぜ美しい

08.8.6-6.jpg  オリンピックの中継を見ながら,ふと,トップアスリートの表情は何でこんなに美しいのかと思う。平泳ぎの北島康介の涙を見て,グッときたのを初め,競技中の各選手の懸命な表情がとてもいい。勝者はもちろん,競技最中の表情の美しさは何だろうと思ってしまう。
 自分がかなわない夢をかなえてくれるトップアスリートたち。彼ら彼女らへのあこがれがそういう目線になってしまうのか。
 昨日は,葬儀のフギン(伴奏?)を勤めた。終わって法中とおしゃべり。その席で,最近,教員採用試験の志願者が減少していると聞いた。福祉職だけではないのか。「先生」ってあこがれの職業ではないのか。
 「先生」があこがれの職業でなくなった。モデル不在の未来って,何だろう。
posted by ゴエンさん at 03:10| Comment(3) | 日記
この記事へのコメント
憧れる理由がなくなってしまったからなのかもしれません。
Posted by Asuka at 2008年08月12日 10:21
 某新聞連載のルポ「燃え尽きる教師」を読むにつけ,育て,育てられるべき学校がそうはなっていない様子。これが特別な事例ではなさそう。大切なものが失われていくような気がします。
Posted by ゴエンさん at 2008年08月12日 13:05
最近フギンの漢字を教えてもらいましたよ。「諷(ごんべんにかぜ)吟」生前にお付き合いのあった僧侶にお参りに来てもらうことなんだって。伴僧(ばんそう)というのは、導師・お手次のお寺の住職のお手伝いをしてくれる役の人をいっています。私がサソウができれば光明寺伴僧として行けるのですが、できないので、隣の住職に伴僧役をお願いしています。ですから極端にいうとこの場合のお布施の表書きは「光明寺伴僧様」になります。フギンと微妙に違うんですねぇ。
Posted by nikoju at 2008年08月14日 13:11
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