2008年07月31日

捨てた段ボール

08.7.30-6.jpg  退職して満3年。4年目にさしかかっている。退職時,段ボールをそれこそ何十個も捨てた。すべて矯正保護に関する図書や資料だ。宗教書以外はみな捨てた。この3年間そのことを忘れていた。が,誘われて矯正保護について,もう一度考える機会をいただいた。退職時に誘われた時は,もう沢山,という気分が先行していたのが,今度は請われることって有り難いと思えるようになった。ところが,肝心の資料がまるで無いことに気づく。PCに残っていた雑文は少しあったものの,これじゃどうにもならない。もう一度参考図書を買い直すか。ネットで調べると絶版になった本が定価の3倍もの値がついていたりする。旧知の仲間に借りるか。
 今だから冷静に語れることもあるかもしれない,と思いながらも,僕なんかでいいのだろうかと思う。まずは困った困った。
posted by ゴエンさん at 07:29| Comment(0) | 日記

2008年07月30日

寺に尽くす

08.7.29-3.jpg  前の責役が突然現れ,「この間の消毒が不十分だった。」と言って,軽トラに発動機を積み込んだ噴霧器で柿の木を消毒してくださる。今年は柿が沢山実るだろう。実は,この夏,この柿の木の下でドラム缶風呂を考えていたのだ。子どもたちが柿の木の葉についている虫に刺されてはと案じていたところだった。あの毛虫,結構痛いのだ。
 外出から帰ると境内に放り出してあった粗大ゴミがきれいに片付いている。責役のご夫妻が清掃センターに運んでくださったのだ。
 「出来ることやったら何でもさせてもらう。」と,当たり前のように言ってくださる。現職時代,無償の奉仕なんてほとんど目にすることもなかったし,仮にそんな場面に出合っても,こっちは何か不審な思いを持ったものだ。
 急に思いついて,境界の生垣を刈ってもらった後の落ちた葉が赤茶けている。それを朝一番にかき集める。わずか30分の作業なのに,蚊に食われ,汗まみれになる。
posted by ゴエンさん at 06:30| Comment(2) | 日記

2008年07月29日

あどけない笑顔

08.7.28-2.jpg  友人親子が海水浴に来てくれた。ところがあいにくの大雨洪水注意報発令中。敦賀市内では突風でイベント会場のテントが飛んで死傷者まで出るという悪天候。これまで,毎日のカンカン照りで,農家の方は雨を待ち望んでいたというが,ここまでひどい雨風とは。
 せっかく遠路はるばる遊びに来てもらったのに,悪天候にはどうしょうもない。そこで,花はす温泉に案内する。帰りは,変電所のトラブルとかで北陸線の全面停止というおまけまでついてしまった。
 このあどけない笑顔の魅力に参ってしまう。「フジモトさん。」などと言って駆け寄る姿にメロメロになる。ヨソの孫に遊んでもらっては世話はない。
 
posted by ゴエンさん at 11:45| Comment(0) | 日記

2008年07月28日

総出の清掃作業

08.7.27-1.jpg  7時過ぎから人が集まりだす。最初は裏庭の剪定(先週の続き),本堂の拭き掃除,境内の草むしりの3班に分かれて作業していただく。その内,中庭の草むしり,シュロの枝払い,トイレの掃除,屋根に上って雨樋の落ち葉の掃除,本堂両脇の縁側にある荷物の片付け,内陣の切り戸口の荷物の整理,そして柿の木の消毒など作業が多岐に。僕はその間ウロウロするばかり。片付けた荷物のうち,捨てられぬ物を蔵に納める作業をしたくらい。でも,見違えるほどキレイになりました。大人数でなければ出来ぬこともある。
 沢山の人に来ていただいた。一家に3人も来てくださった家もある。汗びっしょりになりながらも皆さん方懸命に作業してくださる。7月の第4日曜,それぞれが予定をやりくりして奉仕してくださった。
 11時に作業終了。シャワー浴びて,散らばった道具を片付ける。しばらくすると空が真っ黒になり,突風と大雨。さっきまでのカンカン照りはどこへ行ったのか。急に温度も下がったのが分かる。「寺はしてもらうばかりで,何にも返さんなあ。」
posted by ゴエンさん at 04:39| Comment(2) | 日記

2008年07月27日

仏法にへつらう

08.7.26.jpg  またしても四草のせりふ。「守もらなあかんもの,僕だけないんです。どこで何していても足元がグラグラしている。誰にでも帰る場所があると言うけど,僕だけないんです。」にグッとなる。
 先日も書いた「仏法に諂(へつら)う。」を思う。僕は本当に仏法に出会っているのだろうか。今生きているのを説明する材料に使っているのではないか。今を合理化するために仏法らしきものを利用しているのではないか。
 今日は,門徒総出の奉仕作業。寺の内外をきれいにしてもらう。そして午後は友人親子が海水浴にやってきてくれる。嬉しい。
 桂吉弥のトップランナーを見る。「師匠方は,どんな場所でも一生懸命なんです。」と言う。うーん,懸命になる場所を選んで選んでいる自分を思う。こんな所で本気なんか出すものではものではないなどと処世に明け暮れている。傲慢なハラを隠して,にこやかに世渡りしている。やはり「何んぼのもんじゃ。」と言われたくないんだ。
posted by ゴエンさん at 05:42| Comment(0) | 日記

2008年07月26日

帰る場所

07.10.30-2.jpg  昨日の福井別院の暁天講座。信じ難いほどの満堂だった。
 自分の「傲慢」さを自分の心の始末次第で何とかできると思っていた。傲慢な自分をつくろうことが出来ると思っていた。
 「称名念仏は,どこまでもあるじからの呼びかけ。聞名です。」と言われた。今までも何度も聞いてきたことなのに,それを忘れて生きている。
 
 夜のテレビドラマ。「お前が生まれてきたことを祝うてくれている人に囲まれていきているんや。」に思わず落涙。えたいの知れないニヒルボケの四草へのたっぷりの愛情にうなる。
posted by ゴエンさん at 08:16| Comment(0) | 日記

2008年07月25日

客席凍っています

06.9.12-1.jpg  高座を終えて草原が,次に高座に上がる草若師匠に「師匠,客席,凍っています。」と悲鳴をあげる。すると師匠が「冷たい風呂を肌のぬくもりで暖めるのもいい。」みたいなことを言って,ゆうゆうと高座に上がる。「ちりとてちん」のあのシーンを思い出す。
 一昨日の福井での社明推進大会を思う。プログラムが押していて,自分の登壇時間になっても前のプログラムが続き,いざ自分の番になったら,真ん中の客席から小中学生とその保護者らが何十名も一斉に席を立ってしまった。
 壇上に上がると,最初から腕組みをして眠っている人が何人か。「お前の話なんか聞くもんか。」という雰囲気のメッセージが伝わる。
 でも,わざわざ足を運んでくださった知己の人もあり,懸命に話したツモリ。だが,わずか40分間の予定の10分を切られた時間が痛かった,座席は凍ったままだった。
 終わると,係りの人に手招きされ,喧騒の入口の受付のテーブルで,立ったまま謝金をもらい,領収書にサイン。
 何で気軽に引き受けたんやろ。何で友人に「来てね。」って言ったんやろ。
 今日は「まいご三兄弟」の放映だ。見逃すまいぞ。
posted by ゴエンさん at 03:24| Comment(2) | 日記

2008年07月24日

7(セブン)

08.7.23-1.jpg  このブログが777回目になったとき,それを記念する文章を書いた覚えがある。
 今年の7月7日は,長浜別院の暁天講座に初めて出講した。そして,その法礼が7のゾロ目だったのに驚いた。
 そして,昨日,前の職場の職員から7月7日に結婚しましたとのハガキを受け取る。ラッキーセブンにあやかったのだろう。おめでとう。幸多かれと祈る。
posted by ゴエンさん at 07:42| Comment(0) | 日記

2008年07月23日

鯛つり草

08.7.19-4.jpg  華鬘(けまん)草とも言うらしい。昨年,鉢でいただいたのを地植えしておいたら,けなげに花をつけてくれた。
 夜中にトイレに起きた後,眠れない。歳のせいだと思う。それで,昔,録画していた神尾真由子密着の番組を見直す。チャイコフスキーのバイオリン協奏曲を聞きたいと思って再生していたのだが,その中で「演奏は聴衆のため?自分のため?」というインタビュアーの質問に,「どちらでもない。」「21歳の小娘だけれど,プロとして,今の自分をそのまんまさらけ出す。」という趣旨の言葉を聞く。
 自分は,講演などをなぜ引き受けるのか。そして,誰のために話をするのか。「ひけらかし」性格のなせるワザだが,共通の広場を求めながらもそうはならない,そんな苦い思いをまた味わいに行くのか。
 ある私立大学での講義を引き受けてしまった。自分は一体何を語りたいのだ。63歳の「小娘」が自分をさらけ出す以外に何もないのだけれど。実は,今日の午後も,福井で講演なのだ。
posted by ゴエンさん at 05:17| Comment(0) | 日記

2008年07月22日

ゴーヤ

08.7.21-1.jpg  今年初めてのゴーヤをいただく。実は夏が始まったばかりなのに,少々お疲れ。夏バテなのだ。先日の剪定作業の疲れがまだ残っていたから,早速ゴーヤチャンプルに挑戦。少しは夏バテ解消になるか。
 今日は,月1回となったビンの回収日。資源ごみのうちビンだけが月1回になってしまった。誰も来ぬうちに空瓶を捨てようと公民館前(ごみステーション)に行くと,なにイ。夏のラジオ体操の真っ最中だったのだ。しかも,今日からだという。
 急な法務が入った。元気出していこう。
posted by ゴエンさん at 07:50| Comment(2) | 日記

2008年07月21日

キャンプ打合せ

08.7.19-5.jpg 今年もキャンピズと言う障がい者との交流をする学生ボランティアグループを受け入れる。その内,8月下旬にやってくる組が地元の小学生と交流する。
 そこで,地元小学校の学級担任と打合せをしていただいた。
 僕は,寺をその場に提供するだけが役割なのだけれど,ついつい色んなこと思い,うまくいくことを念じて,ヒトゴトではなくなってしまう。
 そして,夜は,楽しいおしゃべり。調子にのって,随分おしゃべりした。それを,上手に聞いてくださった4人に感謝感謝。
 先日友人に聞いた小話。フランスの貴族が生き残るために3列目に座るという話。1列目では,周りの嫉妬を買う。後ろでは王様の目にとまらぬ。でも,ただただ,生き残るスベだけを優先していいのだろうかなど。
posted by ゴエンさん at 13:45| Comment(2) | 日記

庭の剪定作業

08.7.19-2.jpg  お盆前の恒例となっている境内の庭木の剪定作業。朝,7時のお朝事の時には既にチョキチョキと剪定ばさみの音が聞こえていた。総代たち6人が来てくださり,昼の12時まで剪定作業。それでも終わらない分は来週27日に続きをと散会。皆さん実によく働く。そしてプロの庭師のように上手に葉刈りがすすむ。
 僕は,刈られた枝を運ぶ作業をしたのだけれど,フラフラに。現に今朝も節々の痛さに参ってキツイキツイと独りごと。
posted by ゴエンさん at 04:38| Comment(0) | 日記

2008年07月19日

時機純熟すれば

08.7.17-2.jpg  高速料金をケチって下道を走ったお陰で,最後の30分ほどは遅刻するのではないかとあせりまくって,いつもの法座に座る。
 「時機純熟すれば浄心を獲得し」とか「念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき」とか「信心獲得を図式で見ていないか」,「まず我が身のあさましきつみのふかきことをばうちすてて,もろもろの雑行雑修のこころをさしおきて」など,珍しい言葉ではないのに,先生の言葉が踊るように胸に響く。そして,それをいつもの仲間で聴聞する喜びみたいなことを感じながら,それでも「タバコ吸いたい。早く休憩にならないか。」などとしきりに思う。
 そして,懸案だったT先生の教行信証の講義が本になった。編集や出版に尽力した方々の熱い思いが結実した瞬間だなあと,関係した人々の明るい笑顔に囲まれ,嬉しくなる。
posted by ゴエンさん at 07:02| Comment(0) | 日記

2008年07月18日

高い鼻が折れた

08.7.17-3.jpg  開け放った窓から「ザーッ」と大雨の音で目を覚ます。この雨で少しは涼しくなるか。
 昨日は今年最高の猛署日だったようだ。朝水遣りをさぼったら,夕顔がしおれて「水がほしい。」と悲鳴をあげていた。
 昨日一日部屋に籠もって作業していた。クーラーから離れられないのだ。そして,先日の施設法話を思い出す。20分もしゃべったかと腕時計を見ると,何と10分も経っていなかった。懸命に話した。でも,聴衆の第一は自分の耳なのだ。これまで,自分の受けた領解や感動を「どうだ。」と披露していた高い鼻が折れた(?)。
 先日「初めてのご縁をいただきました。」と話し始めたある講座。終わって,座敷に戻ると係りの人から言われた言葉。「随分話し慣れている感じがしました。」と。謙虚ぶって語っても,本音の正体はどこかに顕われてしまう。虚仮諂偽(こけてんぎ)という言葉を知った。
posted by ゴエンさん at 04:13| Comment(0) | 日記

2008年07月17日

ゆっくりのお勤め

08.7.10-1.jpg  初めての施設法話。「今日は認知症の方々のフロアーをお願いします。」と言われ,教えられたとおり,ゆっくり正信偈のお勤め。ホントだ何人もの方が大きな声でついてこられるのが聞こえる。途中,喉がいがらっぽくなって,何度か咳払いをしながらお勤めを終える。お話は「弥陀の大悲は人を選ばれず」を話したが,話しながら誰に話しているんだと思う。ソウ教えられてきたのだけれど,自分が本当にソウいただいているのか。
 「施設法話は教化ではない。時間を共有すること。」と教えられたことを今更のようにかみしめて帰路についた。久しぶりのワイシャツにネクタイ。僕にとっては特別な日になった。
posted by ゴエンさん at 05:03| Comment(0) | 日記

2008年07月16日

宵山

08.7.15-3.jpg  彦根での勉強会が7月だけは京都を宿にして行われる。祇園祭の雰囲気を少し味わおうという訳だ。でも今回は僕がレポート役だったせいもあるが,少しも浮かれた気分になれず,雨上がりにどっと繰り出してきた人の群れの中を,異邦人みたいな感じになりながら通り過ぎた。
 祇園祭もそうだろうが,割り当てとか当番などもあるんだろうけれど,何せ皆の心意気の集合体が運営するものだろう。だから,息吹もあるし,笑顔もいい。
 ある雑誌のメモリアルブックなるものを手にして,編集者の熱い思いが結実しているのを感じた。公的機関あるいは制約のなかで,「私事性」が輝くと思った。それが命を吹き込むことだと感じ入った。
posted by ゴエンさん at 08:21| Comment(0) | 日記

2008年07月15日

暑い,熱い

08.7.10-4.jpg 梅雨は,まだあけていないと思うけど,この連日の暑さには参ってしまう。気温の高さに体が慣れていないのと,湿度の高さから,少し動くだけで汗びっしょり。今朝も,体中がベトベトの不快さで目を覚ます。
 いま僕の村では,下水道工事が始まっている。その手始めに,上水道管の迂回工事が。それの影響で,水道水が熱いのだ。今まで土の中を配管されていたものが,むき出しのエスロン管でメーターまで。困ったことに,水が熱いから,随分長い時間,水を捨てなければ,散水出来ないのだ。この空梅雨で花たちには水をあげねばならんし,水道水を捨てるのはもったいないし。
posted by ゴエンさん at 06:31| Comment(0) | 日記

2008年07月14日

晴れの日曜日

08.7.13-2.jpg  この海岸は波打ち際まで車を入れられるから人気の海岸だ。
 車を走らせて見ると8号線には他府県ナンバーの車ばかり。そうか,日曜日かと思う。そして福井ナンバーには軽四の後ろにモミジマークが目立つ。走り方がまるで違う。グイグイと車間を詰めて機会あれば追い越そうとする3ナンバー。ムロン他府県ナンバーだ。そして,このごろモミジマークが随分目立つようになったような気がする。
 自分の運転はどうだろう。車間を詰めてくる車があれば出来るだけ追い越しさせてあげるようにしているつもりだ。特に高速を走るときにはそうしている。僕のジムニーは軽四の中では走行性能はいい方だろうと思うけれど,結構,軽四でもスピード上げて走る車が多い。そして,トラックや観光バスのすごい走りに驚くこと再三だ。
posted by ゴエンさん at 07:54| Comment(2) | 日記

2008年07月13日

咲いた最初の一輪

08.7.13-1.jpg  色々あった西洋朝顔。ヘブンリーブルー。最初の一輪が咲きました。嬉しい。これから11月まで咲き続けてくれます。
 
posted by ゴエンさん at 08:39| Comment(0) | 日記

仏法よりヨメ

08.7.10-2.jpg  ヤマモモに群がるヒヨを撮ろうとしたが,何回シャッターおしてもうまくいかない。「ヤマモモって言うから分からん。ジョウグウモモって言うんや。」常宮神社にあるヤマモモからそう言われるらしい。
 昨晩はある方にお礼の電話。酒好きを知っている方から缶ビールを贈られた。その電話で,「仏法よりヨメやで。」と言う。というより言ってしまった。「はよう,嫁もらえ。」と。
 求道心あふれる彼に,水差すような言葉に自分で驚く。娑婆世界で俗っぽく煩悩にまみれて生きる。それって仏法を学ぶことの対極にあるようで,実は親鸞聖人の在家止住ではないか。
 一人暮らしをしていると,人とのかかわりが宝石になる。会話一つがとても大事な出来事になる。人と人のかかわりほど,暖かなものはない。そして,面倒なものはない。
posted by ゴエンさん at 04:54| Comment(4) | 日記

2008年07月12日

誰に見せる

08.7.11-2.jpg  小さいころ,間違いなく母親に見せたいと頑張った。そして,先生に見てほしいと思っていた。今は両方とも亡くなってしまった。今は誰に見せようとして生きているのや。途中,上司に認められたいと懸命になった時期もあった。
 でも,今は誰に見てほしいのや。
 門徒さんの温かい眼差しを受けて生活している。一番成りのトマトもいただいた。それでも自分はウロウロしているばかり。
 昨日いただいたパンフには「氏」とある。先日は「先生」,その前は「師」。一体何や。
posted by ゴエンさん at 03:01| Comment(2) | 日記

2008年07月11日

法話と講演

08.7.10-5.jpg  講演のお礼の電話を受け,「みんなイイ話だったと言ってます。」に,「この人,僕の話なんか聞いていなかったんだ。」と思う。主催者がほとんど聞かないのは,珍しくない。寺の法要もそう。お勤めが済んで,法話が始まっても座敷に残って法中の雑談につきあう住職が多い。でも,このごろ,最前列にご住職が座っておられることも多くなった。
 退職の数年前から,実は,「講演」はお聖教の言葉を使わない「法話」と思ってしゃべっていた。「法話」は,舌をかみそうなお聖教の言葉を時折混ぜていう「講演」。不器用な僕は,「法話」と「講演」を使い分けることなんてできない。「講演」ではお聖教の言葉を使わないだけ。
 でも,このごろ「法話」が苦しい。だって,自分の身を投げ出さなくてはならないような,そんな気がすることが多い。「講演」は,気楽。若いお母さん方がうなずいたり,泣きそうになるのを見る。
posted by ゴエンさん at 04:07| Comment(0) | 日記

2008年07月10日

社明・市民のつどい

08.7.9.jpg  退職して遠隔地に住んでいるのに,再度お招きいただいたことに感謝しながら,話させていただいた。実は,同じ会に2度3度お呼びいただいたことは,ほとんどないのだ。面白おかしくもない,独り善がりの話のせいだと思っている。
 昨日も,一般市民と思われる方の質問に,「安全・安心を声高に言うことは,市民に不安を与え,また自分たちのモノサシにあわぬ人々を排斥する論理につながる。」とムキになって言ってしまった。
 懇親会を中座して失礼したのだが,あいにくバケツをひっくり返したような土砂降り。駅までのわずか100メートルもないのに傘を通りこしてずぶ濡れになる。ホテルに駆け込んでシャワー浴びるが,なかなかクールダウンできない。缶ビールを何本開けても眠られず,早々にチェックアウトして帰る。今から昼寝するつもり。
posted by ゴエンさん at 09:45| Comment(0) | 日記

2008年07月09日

共感できない

08.6.29-3.jpg  今日は大阪豊中。5年ぶりに社明大会に招かれる。手帳を見ると「抱きしめられたい子どもたち」という講題でしゃべったらしい。
 今年は「共感的理解」と昨年の敦賀大会と同じ講題にした。昨年は「お前もか。」が共感ですみたいなことをおしゃべりした。でも,今年は共感できない,という悲鳴みたいなことをしゃべりたいと思っている。
 同じ人として生まれながら,共感しあえない,手をつなげない,そしてそのことを苦痛にも思わない今の私を語ってきます。
 分かりあえたと思えるとき,共感できたとき,その幸せ感は喩えようもない。でも,分かりあえない,手を結べない,これって,つらい。でも,辛いって思わないことほどつらいことはないのではないか。
posted by ゴエンさん at 05:07| Comment(0) | 日記

2008年07月08日

目覚まし戻す

08.7.8-1.jpg  先月末から4時にセットしていた目覚ましを,これまでどおりの7時に戻す。長浜別院の夏中(げちゅう)という法座の暁天講座に出るために,4時起きしていたのだ。本当は10日まであるのだけれど,明日から大阪だから常の時間に戻す。
 恐らくは,まだ20歳代と思われる若い僧のお話を聞く。「泥中の蓮華」とはいうものの,その雰囲気は,さわやかで初々しくって好感をもった。暁天講座にお座りになる方々は,こういうのをお望みだろうなとしきりに思う。
 帰りしな,明後日登壇予定のHさんと少し会話を交わす。きっと彼も,さわやかな風を本堂に送ってくれるだろうなあ。
posted by ゴエンさん at 09:03| Comment(2) | 日記

2008年07月07日

手が震える

08.7.5-2.jpg  暁天講座を終えて,控え室で領収書にサインをしようとしたら,指がブルブル震えてサイン出来ないのだ。すました顔をしていても興奮していることが,こんなところに顕われた。それに,参詣席に知己を得た方,何人かを確認したのだが,どんな顔でおられたのかまるで覚えていない。いつもは,法座の反応をつかんで,共感していただけたかどうか,ある程度の感触をもって降壇していたハズなのに。30分の法話って初めてだったし,自分が用意したレジュメを消化することばかりに懸命になってしまった。今の僕はこんなんしか出来ないが,終えた後の感想です。
 帰宅して,着替えてすぐに福井別院へ。毎月の歎異抄の講義を聞くために走る。そこで,「本当に仰ぐべきものに会った感動の礼拝になっているか。」と言われ,ドキッとする。実は,この会で,このごろお勤めの調声を頼まれることが多くなっている。そして実は,今日もそうだったのだ。
posted by ゴエンさん at 16:38| Comment(0) | 日記

2008年07月06日

過酷な第一日曜日

08.7.1-2.jpg  昨年もそうだった。社会奉仕と社明敦賀大会の両方が重なるのだ。7月の第一日曜日は,社会奉仕と称する村総出の草刈り奉仕。朝早くから分担の土手などの草を刈り,それが終わると海岸に集まって海岸の草を刈る。男衆は刈払い機持参で草を刈り,女性陣がそれを集める。パート勤めの人も日程をやり繰りしてほとんど全員が出る。
 それを早引けして,市内の社明大会(社会を明るくする運動)会場に駆けつける。今年は受付係を割り当てられていたが,配布資料の袋詰めから汗が止まらない。昨年は,講演も引き受けていたから,今年はまだマシか。
 それが終わると,スーパーの玄関で広報活動。「社会を明るくする運動です。どうぞお使いください。」とキズテープにパンフレットを手渡す。お客の反応が様々だ。玄関口で僕たちを見つけると,意識的に避けようと出口を変える人。僕の会釈を見て近づいてくる人。知らんフリして通り過ぎようとするが,(こちらの図々しさに)驚いたような表情で受け取ってくれる人。汚いものには触りたくないというように手を下げたまま降り,拒否反応を見せる人。色んな人がいる。
posted by ゴエンさん at 18:38| Comment(0) | 日記

2008年07月05日

ジットしておられない

08.7.5-1.jpg  「ねじり花」今年は裏庭に沢山咲きました。
 昨晩のお勤めの稽古で,「ゴエンさん忙しそうやね。いつ見ても車がない。」と言われる。それに対し,「ううん。好きで飛び歩るいとるだけや。」と応えたが,いつも寺にいるから「住職」なんだろうなあとも思う。
 7日が長浜,9日が大阪豊中,その準備もしなきゃいけないし,15日はいつもの勉強会で僕がレポーター役を言われているから勉強しなければならない。そう思って,机に向かうものの,そうすると,少しやると見事に何か用事を思いつくのだ。クリーニングだったり,買い物だったり,切符の購入だったり。そして,時には法座も。
 境内の除草や掃除もしなきゃいけないのだけれど。やはり目が外を向く。沈思黙考なんて,僕には縁遠い世界だ。
posted by ゴエンさん at 11:06| Comment(2) | 日記

おやつにヤマモモ

08.7.4-1.jpg  定例の婦人会のお勤めの稽古。昨日は,時間が足りぬからと最初から真四句目下げを。でも五淘の念仏和讃が初重で時間切れ。休憩時間にヤマモモを出す。まだハシリだから脚立に乗って上の方を獲らなきゃいけないなどとおしゃべり。
 昼間は,施設訪問(老人ホーム)の見習いに。丁寧なお勤めに驚く。そして,自分はどんな風に出来るのかとしきりに思う。白衣に間衣で行くが,玄関に入るときは洋服の方がいいのではないかなと言われ,「ネクタイが嫌でしょうがない。」と返答したものの,自分の思いを優先させてはいかんなあとも思う。
posted by ゴエンさん at 08:25| Comment(0) | 日記

2008年07月04日

大雨が降ったらしい。

08.6.29-2.jpg  昨日は,実は暁天講座のほかに納涼講座にも,長浜別院に行って来た。片道55キロを2往復したことになる。ガソリン182円を考えるとゾットするが,気ままが出来るのもありがたい。納涼講座のご講師は,知己を得た方なので目障りにならぬようにと柱の陰に座ったが,見えないはずもない。途中で,堂々とまん前に座るべきだったとクヨクヨしながらお話を聞いた。お話の内容よりもそっちに気がとられて,この自意識過剰メとまたクヨクヨ。
 帰ってみると,境内が水浸しになっている。大雨が降ったんだあ。県境をまたぐと,本当に天気もまるで違うんだ。日中,刈払い機で草を刈ったのは正解だったことになる。
posted by ゴエンさん at 07:54| Comment(0) | 日記

2008年07月03日

暁天講座

08.7.3-1.jpg  朝4時半に飛び出して,長浜へ5時40分からの法座に座る。まだ夜が明け切らない時間だ。寝起きに高速を飛ばして脳ミソが眠ったままなのか,ご講師のお話が胸に届かない。「好きな話ばかりを聞き歩いてどうするの。」と随分前に叱られたが,その報いが来ているのかもしれない。
 そう言えば,ある先生が「お聖教の気に入った言葉だけを拾って悦に入っているのではないか。たとえ親鸞聖人にすかされまいらせて,地獄行きと決まってもついていくのか。」と厳しい口調で言われたことを思い出す。
 それにしても,こんなに朝早い時間に,こんなにも沢山の方がお参りされている。そのことが何だか信じ難い。
posted by ゴエンさん at 08:04| Comment(0) | 日記

2008年07月02日

段取り八分と言うけれど

08.7.2-1.jpg  天気予報を見て,「今日しかない。」と網戸のニス塗りを企てる。先日新たに設置された網戸4枚にニスを塗ることを自分の宿題にしていた。そして,4日の婦人会のお勤めの稽古日までには仕上げて,寄付していただいた婦人会の皆さんに披露しようと考えていたのだ。さて,作業を始めようとしたらマスキングテープが足らない。使わずに塗るか,いや不器用な僕のことだから,急いてはことを失すると思いなおして,いったん設置していた網戸を片付けて,マスキングテープを買うためだけに往復30キロを走る。
 ところが,最後の4枚目になって,購入したマスキングテープが終わってしまう。結局,使わずに塗ってしまう。何やっていることやら。
 今朝は,10時から福井のチケットセンターに電話するが,何度掛けても話し中。ネットで空席状況を見ながら,電話を掛けなおすが,次々と見る間にいい席が埋まっていく。これって随分あせる。ニス塗りを中断しては,電話する。結局,つながったのは11時をまわっていた。やれやれ。
 
posted by ゴエンさん at 14:48| Comment(0) | 日記

ヤマモモ再び

08.7.1-3.jpg  7月になったとたんに,ヤマモモが色づき始めた。そして,真っ先に小鳥たちがやってきて,それをついばむ。小鳥たちが枝をゆらすからヤマモモの実がばらばらと落ちてくる。甘酸っぱいこの実を今年も楽しめる。昨年はこのブログを見て訪ねてくださった人もあった。30年前に勤務した宇治少年院の宇治寮の横にヤマモモの木を見たのが,僕にとってはヤマモモの初体験だった。その少年院も今年3月で廃庁になったと聞く。あのヤマモモも切り倒されてしまうのだろうか。
 飛騨高山育ちの僕には無縁の木だったのだ。どうも,この寺のヤマモモも北限ではないかという。
 今日からしばらくは,落ちるヤマモモを掃き清める仕事が増えるなあ。脚立を用意して収穫もせねば。
posted by ゴエンさん at 07:30| Comment(2) | 日記

2008年07月01日

今年も「おかえり。」

08.6.30-1.jpg  7月は「社会を明るくする運動」の強調月間だ。昨年のポスターで「おかえり。」の文字を見て狂喜したが,まさか今年のポスターのコピーにも同じ言葉が使われるとは。法務省の担当者も気にいったんだろうな。昨年は,このコピーを結構,講演にも使わしてもらった。
 ひょっとしたら僕は,「来たれ。」より,この言葉の方が好きかも。だって,「おかえり」って,既に帰る場所があるということなんだ。そして,帰ってくるのを待たれているのだ。
 帰る場所がなくて,孤独にして同伴なしは,源信僧都の無間地獄と教えられたけれど,帰る場所があると言うのは,特別頑張らなくていい,既に居場所があるという落ち着き。
 どんなんでも,「おかえり」と待たれている。胸がキュンとなる。釈迦弥陀は慈悲の父母と言われるより,「おかえり。」のひと言の方が僕にはマチガイナイと響いてくる。既に,抱きしめられていると感じられる,あたたかな言葉だ。
posted by ゴエンさん at 06:36| Comment(0) | 日記