退職して満3年。4年目にさしかかっている。退職時,段ボールをそれこそ何十個も捨てた。すべて矯正保護に関する図書や資料だ。宗教書以外はみな捨てた。この3年間そのことを忘れていた。が,誘われて矯正保護について,もう一度考える機会をいただいた。退職時に誘われた時は,もう沢山,という気分が先行していたのが,今度は請われることって有り難いと思えるようになった。ところが,肝心の資料がまるで無いことに気づく。PCに残っていた雑文は少しあったものの,これじゃどうにもならない。もう一度参考図書を買い直すか。ネットで調べると絶版になった本が定価の3倍もの値がついていたりする。旧知の仲間に借りるか。今だから冷静に語れることもあるかもしれない,と思いながらも,僕なんかでいいのだろうかと思う。まずは困った困った。
前の責役が突然現れ,「この間の消毒が不十分だった。」と言って,軽トラに発動機を積み込んだ噴霧器で柿の木を消毒してくださる。今年は柿が沢山実るだろう。実は,この夏,この柿の木の下でドラム缶風呂を考えていたのだ。子どもたちが柿の木の葉についている虫に刺されてはと案じていたところだった。あの毛虫,結構痛いのだ。
友人親子が海水浴に来てくれた。ところがあいにくの大雨洪水注意報発令中。敦賀市内では突風でイベント会場のテントが飛んで死傷者まで出るという悪天候。これまで,毎日のカンカン照りで,農家の方は雨を待ち望んでいたというが,ここまでひどい雨風とは。
7時過ぎから人が集まりだす。最初は裏庭の剪定(先週の続き),本堂の拭き掃除,境内の草むしりの3班に分かれて作業していただく。その内,中庭の草むしり,シュロの枝払い,トイレの掃除,屋根に上って雨樋の落ち葉の掃除,本堂両脇の縁側にある荷物の片付け,内陣の切り戸口の荷物の整理,そして柿の木の消毒など作業が多岐に。僕はその間ウロウロするばかり。片付けた荷物のうち,捨てられぬ物を蔵に納める作業をしたくらい。でも,見違えるほどキレイになりました。大人数でなければ出来ぬこともある。
またしても四草のせりふ。「守もらなあかんもの,僕だけないんです。どこで何していても足元がグラグラしている。誰にでも帰る場所があると言うけど,僕だけないんです。」にグッとなる。
昨日の福井別院の暁天講座。信じ難いほどの満堂だった。
高座を終えて草原が,次に高座に上がる草若師匠に「師匠,客席,凍っています。」と悲鳴をあげる。すると師匠が「冷たい風呂を肌のぬくもりで暖めるのもいい。」みたいなことを言って,ゆうゆうと高座に上がる。「ちりとてちん」のあのシーンを思い出す。
このブログが777回目になったとき,それを記念する文章を書いた覚えがある。
華鬘(けまん)草とも言うらしい。昨年,鉢でいただいたのを地植えしておいたら,けなげに花をつけてくれた。
今年初めてのゴーヤをいただく。実は夏が始まったばかりなのに,少々お疲れ。夏バテなのだ。先日の剪定作業の疲れがまだ残っていたから,早速ゴーヤチャンプルに挑戦。少しは夏バテ解消になるか。
今年もキャンピズと言う障がい者との交流をする学生ボランティアグループを受け入れる。その内,8月下旬にやってくる組が地元の小学生と交流する。
お盆前の恒例となっている境内の庭木の剪定作業。朝,7時のお朝事の時には既にチョキチョキと剪定ばさみの音が聞こえていた。総代たち6人が来てくださり,昼の12時まで剪定作業。それでも終わらない分は来週27日に続きをと散会。皆さん実によく働く。そしてプロの庭師のように上手に葉刈りがすすむ。
高速料金をケチって下道を走ったお陰で,最後の30分ほどは遅刻するのではないかとあせりまくって,いつもの法座に座る。
開け放った窓から「ザーッ」と大雨の音で目を覚ます。この雨で少しは涼しくなるか。
初めての施設法話。「今日は認知症の方々のフロアーをお願いします。」と言われ,教えられたとおり,ゆっくり正信偈のお勤め。ホントだ何人もの方が大きな声でついてこられるのが聞こえる。途中,喉がいがらっぽくなって,何度か咳払いをしながらお勤めを終える。お話は「弥陀の大悲は人を選ばれず」を話したが,話しながら誰に話しているんだと思う。ソウ教えられてきたのだけれど,自分が本当にソウいただいているのか。
彦根での勉強会が7月だけは京都を宿にして行われる。祇園祭の雰囲気を少し味わおうという訳だ。でも今回は僕がレポート役だったせいもあるが,少しも浮かれた気分になれず,雨上がりにどっと繰り出してきた人の群れの中を,異邦人みたいな感じになりながら通り過ぎた。
梅雨は,まだあけていないと思うけど,この連日の暑さには参ってしまう。気温の高さに体が慣れていないのと,湿度の高さから,少し動くだけで汗びっしょり。今朝も,体中がベトベトの不快さで目を覚ます。
この海岸は波打ち際まで車を入れられるから人気の海岸だ。
色々あった西洋朝顔。ヘブンリーブルー。最初の一輪が咲きました。嬉しい。これから11月まで咲き続けてくれます。
ヤマモモに群がるヒヨを撮ろうとしたが,何回シャッターおしてもうまくいかない。「ヤマモモって言うから分からん。ジョウグウモモって言うんや。」常宮神社にあるヤマモモからそう言われるらしい。
小さいころ,間違いなく母親に見せたいと頑張った。そして,先生に見てほしいと思っていた。今は両方とも亡くなってしまった。今は誰に見せようとして生きているのや。途中,上司に認められたいと懸命になった時期もあった。
講演のお礼の電話を受け,「みんなイイ話だったと言ってます。」に,「この人,僕の話なんか聞いていなかったんだ。」と思う。主催者がほとんど聞かないのは,珍しくない。寺の法要もそう。お勤めが済んで,法話が始まっても座敷に残って法中の雑談につきあう住職が多い。でも,このごろ,最前列にご住職が座っておられることも多くなった。
退職して遠隔地に住んでいるのに,再度お招きいただいたことに感謝しながら,話させていただいた。実は,同じ会に2度3度お呼びいただいたことは,ほとんどないのだ。面白おかしくもない,独り善がりの話のせいだと思っている。
今日は大阪豊中。5年ぶりに社明大会に招かれる。手帳を見ると「抱きしめられたい子どもたち」という講題でしゃべったらしい。
先月末から4時にセットしていた目覚ましを,これまでどおりの7時に戻す。長浜別院の夏中(げちゅう)という法座の暁天講座に出るために,4時起きしていたのだ。本当は10日まであるのだけれど,明日から大阪だから常の時間に戻す。
暁天講座を終えて,控え室で領収書にサインをしようとしたら,指がブルブル震えてサイン出来ないのだ。すました顔をしていても興奮していることが,こんなところに顕われた。それに,参詣席に知己を得た方,何人かを確認したのだが,どんな顔でおられたのかまるで覚えていない。いつもは,法座の反応をつかんで,共感していただけたかどうか,ある程度の感触をもって降壇していたハズなのに。30分の法話って初めてだったし,自分が用意したレジュメを消化することばかりに懸命になってしまった。今の僕はこんなんしか出来ないが,終えた後の感想です。
昨年もそうだった。社会奉仕と社明敦賀大会の両方が重なるのだ。7月の第一日曜日は,社会奉仕と称する村総出の草刈り奉仕。朝早くから分担の土手などの草を刈り,それが終わると海岸に集まって海岸の草を刈る。男衆は刈払い機持参で草を刈り,女性陣がそれを集める。パート勤めの人も日程をやり繰りしてほとんど全員が出る。
「ねじり花」今年は裏庭に沢山咲きました。
定例の婦人会のお勤めの稽古。昨日は,時間が足りぬからと最初から真四句目下げを。でも五淘の念仏和讃が初重で時間切れ。休憩時間にヤマモモを出す。まだハシリだから脚立に乗って上の方を獲らなきゃいけないなどとおしゃべり。
昨日は,実は暁天講座のほかに納涼講座にも,長浜別院に行って来た。片道55キロを2往復したことになる。ガソリン182円を考えるとゾットするが,気ままが出来るのもありがたい。納涼講座のご講師は,知己を得た方なので目障りにならぬようにと柱の陰に座ったが,見えないはずもない。途中で,堂々とまん前に座るべきだったとクヨクヨしながらお話を聞いた。お話の内容よりもそっちに気がとられて,この自意識過剰メとまたクヨクヨ。
朝4時半に飛び出して,長浜へ5時40分からの法座に座る。まだ夜が明け切らない時間だ。寝起きに高速を飛ばして脳ミソが眠ったままなのか,ご講師のお話が胸に届かない。「好きな話ばかりを聞き歩いてどうするの。」と随分前に叱られたが,その報いが来ているのかもしれない。
天気予報を見て,「今日しかない。」と網戸のニス塗りを企てる。先日新たに設置された網戸4枚にニスを塗ることを自分の宿題にしていた。そして,4日の婦人会のお勤めの稽古日までには仕上げて,寄付していただいた婦人会の皆さんに披露しようと考えていたのだ。さて,作業を始めようとしたらマスキングテープが足らない。使わずに塗るか,いや不器用な僕のことだから,急いてはことを失すると思いなおして,いったん設置していた網戸を片付けて,マスキングテープを買うためだけに往復30キロを走る。
7月になったとたんに,ヤマモモが色づき始めた。そして,真っ先に小鳥たちがやってきて,それをついばむ。小鳥たちが枝をゆらすからヤマモモの実がばらばらと落ちてくる。甘酸っぱいこの実を今年も楽しめる。昨年はこのブログを見て訪ねてくださった人もあった。30年前に勤務した宇治少年院の宇治寮の横にヤマモモの木を見たのが,僕にとってはヤマモモの初体験だった。その少年院も今年3月で廃庁になったと聞く。あのヤマモモも切り倒されてしまうのだろうか。
7月は「社会を明るくする運動」の強調月間だ。昨年のポスターで「おかえり。」の文字を見て狂喜したが,まさか今年のポスターのコピーにも同じ言葉が使われるとは。法務省の担当者も気にいったんだろうな。昨年は,このコピーを結構,講演にも使わしてもらった。