空梅雨かと思っていたら,今度は大雨注意報が出た。3年前の今日,僕は少年院を退職した。いただいた花束をバケツに入れて後部座席に積んで,雨の名神・北陸道を敦賀に向かって走っていた。第二の人生に胸ふくらますとはほど遠い,心境だった。その花を最初の仏華に使った。
この3年間。一口で言えば,ホントに幸せな3年間だった。生活環境は一変したが,門徒さん方の優しさに囲まれ,仏法聴聞が毎日の仕事になった。この3年間に大事な先生方を亡くしたが,新しい得難い友人,何人かの出会いもあった。寺のことをまるで知らない僕は,皆さんに教えられ,模索しながら今日まで来た。
今朝から目覚ましを4時に設定しなおした。7月初めにある会に備え,早起きすることにしたのだ。そういう場が与えられ,それに取り組んでいけることが嬉しい。来月は,そのほかに社会を明るくする運動で,大阪豊中と福井に招かれている。
ある門徒さんに「ガンダーラ展に行ったのか?」と声をかけられる。「えっ,そんなものやっているの?」に,「連日,新聞で大騒ぎしとるのに知らんのか。」と言われる。僕の読んでいる新聞では法隆寺展は載っているけどと,ネットを検索する。静岡,福岡に次いで福井でこの展覧会が開かれていることを知る。
鉄工所経営の門徒さんに,ドラム缶のフタを開けることをお願いしていたが,「出来ましたよ。染浄もしておきました。」とドラム缶が届けられる。見ると,切り取ったところをサンダーでキレイに削ってある。
寺報『高雲寺だより』が7月号で30号を迎える。平成18年2月に住職修習に行って住職就任した旨のお知らせを記載し,裏面に掲示板の法語を解説した。以来,毎月,月初めに発行している。(今は,同朋新聞の配達に合せ,月末に翌月号を印刷している。)表面にニュースやお知らせを。前月のトピックとなることを写真で紹介し,裏面がいわゆる聞法のページ。創刊以来その編集方針を踏襲している。門徒さんの中には,毎月それをファイルに保管してくださっている方もある。ホントに有り難い。
僕たち僧侶や教員は,語ることが大好きな人が多いような気がする。前職が教官で今は生臭坊主の僕なんかその筆頭だろうな。だが,人の話を聞きたがらない。イヤ,人のお話が苦痛で,思わぬ長舌にあうとウンザリして,心の中で耳にフタする。
彦根へ行くのは,いつもは8号線から湖岸道路に出て松原橋から右手に彦根城を見て走る。信号が少なくて燃費もいい。でも,いつも同じ道もつまらんと365号を走ってみる。イヤになるほど長い赤信号のトンネルを通る。ナビで見ると5キロほど近道のようだ。そしてトラックがいないのもラク。
今年も8月にキャンピズという学生ボランティアが2回やってくる。その内,後半に小学生を連れてやってくるグループの代表と下相談する。ドラム缶風呂のアイディアに驚く。早速知り合いのガソリンスタンドに駆け込んでドラム缶を譲り受ける話をしたり,鉄工所経営の門徒さんに電話してフタを開けることを頼んだり。確かに,この寺の弱点の一つは風呂なんだ。家庭用の風呂しかない。去年までは,女性スタッフのみシャワーを浴びてもらって,男性陣は散水用のホースで水浴びしてもらっていたから。
お賽銭箱の位置が気になりだしたのは,僕が住職という立場をいただいて,当事者となったからこそ考えるのだろう。
先日,車検に出したらスタッフから「よう走ってますね。」と言われ,ファンベルトなど走行キロで更新しなければならない部品を交換。タイヤはこの冬に冬タイヤに履き替えるまでにしてくださいと。つまり来春には新品を購入しなければならん訳だ。
梅雨に入って,まず第一は,境内の草との競争だろうな。一雨で,あっという間に境内が緑色になる。入寺前は除草剤がまかれていたと思う。倉庫に噴霧器もある。「除草剤をまけよ。」とも言われた。「ううん。ちゃんと草むしりします。」と言った手前,草ボウボウにしておくことも出来ない。屈み込む姿勢を続けると,脚が痛くなってしまう。年のせいだと思うが,この村のばあちゃんたち,いつもキレイにしている。家の回りはもちろん,畑も。いつもすごいなあと思う。
先日の婦人会総会で網戸を増設することが決まって,早速工事が始まった。これで合計全部で7枚だ。今年の夏も大阪の学生ボランティア・グループのキャンピズがまた泊まりに来てくれる。本堂で沢山の人が寝るのに大助かり。嬉しいプレゼントだ。
昨年,突然亡くなったT先生の追弔会に参加する。僕は得度を受けて以降に知己を得た先生だから,一番の新参者。でも,その仲間に入れていただけることが嬉しくて,2時間に1本しかないバスに,そして特急,普通,タクシーを乗り継いで行った。乗り継ぎのタイミングが悪く,1時間以上も前に到着してしまう。
先日,ある人とのおしゃべりで僕は「先生と呼ばれる仕事を何十年もしてきたから,先生と言われても抵抗がない。」などと言った。それに対し「先生と呼べる人は一人ぐらいしかいない。」と。この方は「先生」という言葉を大事にしていおられると思った。
温かくなって途端に花持ちが悪くなる。酢を水に混ぜることもしているが,肝心の花が持たない。ハランだけが頑張っていてくれる。昨年も夏にハランばかりの仏華に挑戦したが,門徒さんから畑のゴテイチャ(赤い花)を切ってもいいよと言われたので,それも活ける。枯れた花だけを入れ替えてハランを残すやり方を考えついた。
昨日,偶然にも2つの法座で,「諂(へつら)う」の言葉が出てきた。嫌な言葉だ。自分の保身のために,相手に受け入れてもらうためにそういう言動をする。背景には,相手を「賢を嫉み善を謗る」人間だと軽蔑していることになる。慇懃(いんぎん)無礼という言葉もある。懸命に人に向き合うと傷だらけになるのか。この世は,仮か偽しかないのか。真実なるものにあこがれるけれど,恋すれば恋するほど遠くに逃げて行く。
昨日は友人の寺の永代経にお参りさせていただいた。仏法に,師に出会えた人の口調には,何か突き抜けた感性みたいなものを感じる。生きる軸足が定まっている。当然僕より年下だが,あこがれる。
昨日は一日何も予定がなかった。久しぶりに家事をと思い,洗濯,草むしりに炊事。いただいた大根で得意のブリ大根に挑戦。味見をした時までは順調だった。「少し甘いか。」と醤油をつぎ足して煮直したのだが,そのまま,ほか事して忘れてしまったのだ。
ある団体から,講師紹介に使うから写真とプロフィールを送ってほしいと依頼を受け,投函して戻ったら,今度は別口から履歴書の用紙が添付されたメールを受信する。
今が旬のキャベツ,じゃがいも,玉ネギでかき上げに挑戦。ちょっと温度が低すぎたのか,大きすぎたのかダンゴのようになった。だが,充分食べられる。
購入した軽四が3年を迎えるので,車検に出す。お願いしていた代車を見てビックリ。新車だ。試乗車の札が後部座席にある。そしてガソリンも満タン。何だかディラーに僕が大事にされているような気がして嬉しくなる。
8,9日と金沢へ。梶丸先生の通夜・葬儀に参列する。沢山のお参りと法中の多さに驚く。そして,旧友の何人かに会い,おしゃべりする。沢山の方々が,色合いは違っても皆,梶丸先生への思いを抱いてお参りされているなあと感じる。友人のひと言「義理で参っている人なんて一人もおらん。」と。
昨日の朝,松本梶丸先生の訃報に接する。
石垣の間から出てきて咲いた草花。何という花か?
婦人会の皆さんには自費で購入していただいたが,寺の常備としても購入してほしいとお願いした。先日の役員会でOKが出て,早速入手する。今年の報恩講から使わしていただく。
久しぶりに生まれ育った飛騨高山に電話する。応対に出た姪の言葉のニュアンスが懐かしい。飛騨高山は山奥のわりに天領だったり,京都との交通もあって,方言といわれるものは少ないが,独特のアクセントがある。もう,僕は飛騨弁を使うことは出来なくなってしまっている。そりゃそうだ,18歳で旅に出て,60歳で敦賀にたどりついた。
朝顔を食い荒らす,やはり犯人はナメクジだった。灰皿にビールを入れていたら,このとおり。
懐かしさが先に立って,逡巡する気持ちを抑えて同期会に出席する。前の職場の業界ではチョッピリ有名で,功成り名遂げた人たちばかりなのだけれど,全員が退職しているから多少の失礼も省みないで会話を楽しみ,酒を呑む。