2008年04月30日

洗濯,洗濯

08.4.29-1.jpg  このところ,晴れマークが続いている。世間ではGWとか言うらしいが,新緑の晴れ間となれば,行楽気分を盛り上げる。
 僕は,今朝10時開店と同時に本屋に飛び込む。「ステラの発売は,今日ではないですよ。」と笑いながら,「はい。」と書棚から例の雑誌を取り出してくれました。急いで帰宅し,メガネ掛けてページを追う。わずか10分ほどで,中とじ特別小冊子を読み終えてしまう。
 あとは,洗濯ぐらいしか,することがない。天気がいいのも恨めしい。
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2008年04月29日

笑顔

08.4.25-4.jpg  昨日は,来月初めのある婦人会でのお話を練る。講題を「自分が好き?」としたのだけれど,これって法話なのに,受けねらい過ぎないか。
 これまでお話を聞いて,ご講師の笑顔を時に「受けねらいやってんじゃない。」と思ったことがあった。また,懸命にお話していただいているのに,少しもこちらに伝わらないともどかしく思ったこともあった。
 先日,ある会合で説明を聞きながら,話し手は必死なのに僕たち相手の反応を全く意に介していない雰囲気を感じ,反感さえ覚えてしまった。
 新聞を開いて,写真のほとんどが笑顔であることに気づいた。先日受けたインタビューで終始笑顔だったレポーター嬢を思い出す。笑顔は大切。でも,難しいのも笑顔。要は相手をきちんと見詰めているかどうかだろうな。法話って,講師の一人芝居ではない。参詣者との共同作業だと思う。共に共感できるかどうか。共通の広場に立てるかどうか。
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2008年04月28日

ワカメ干す

08.4.25-1.jpg  教えられたとおり,いただいたワカメを水洗いして洗濯物を干すように吊り下げる。するとあるばあちゃん。「いつまで干している?」「うん。まだ乾かない。」に,「家の中じゃダメ。塩気があるからいつまでたっても乾かない。外に出して,あとはビニル袋に。」
 早速,お日さんに当てようと思ったが,今日はあいにくの雨模様。思いどおりには行かぬもの。
 昨日は,あるお宅の年忌法要。真宗の教えは,寺通いしたら自分がマシになったり,悟りが開けるものとは違う。先日のテレビ取材で,「自分のそのままの姿を鏡に映すような作業」と説明したなどと話す。そして,その後の宴席で「まだまだ修行が足りません。」とお酌されてビックリ。少しも通じていない。やはり,自己肥大感みたいなものに悩まされるなあ。
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2008年04月27日

室内楽

08.4.26-2.jpg  昨晩は若狭町へ室内楽(ピアノトリオ)を聴きに行く。アンコールのピアノソロ,ショパンのノクターンで背筋がビビッとなる。情感たっぷりの演奏にひきこまれる。実はこのピアニスト,これで3回目なのだ。受付でもらったチラシ,今度は11月に越前市に来ることを知る。今度はラフマニノフの2番という。「行きたい。」どうやら彼女のファンになったみたい。
 有力な協賛団体があるから,こういう企画も成り立つのだろう。招待席と思われる前列に若干空席もあったけれど結構一杯だった。
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2008年04月26日

こんな所に仲間が

08.4.25-3.jpg  昨日,取材に来た地元民放局のカメラマン。寺の掲示板を見て,「ゴエンさん。これ見て。」とジャンパー脱いで中のTシャツを。
 例の「ちりとてちん」Tシャツではないか。嬉しくなる。「うわあ。」こんな所にも仲間が居たんだ。明日アップ予定だったが,あまりの嬉しさに今日は二つ掲載する。
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テレビの取材

08.4.25-2.jpg  地元テレビの取材を受ける。裏の庭の大きなイブキを紹介するというもの。インタビューに応じているうちに,そのイブキについて何も知らないことが露呈する。
 そうする内に,「何故,僧侶になって入寺したのか?」というような話題になる。そこで,自分の中で封印していた「第二の人生で生き直しをしたい。」と言ってしまった。どんだ恥さらしだ。
 法話や講演では我が身をさらすことをしてきたつもりだが,テレビカメラの前では,別の姿が顕われてしまうものだ。まあいいか。
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2008年04月25日

今年も

08.4.23-1.jpg  今年も行って来ました。吉崎別院で御影道中をお迎えしました。今回は山門の前でお迎えしました。皆さんが合掌してお迎えになるのに僕はカメラを構えて。顔見知りになった方の姿もあって,あー皆さん無事ご到着だと思う。地元の中学生たちの掲げる高張りちょうちんを先頭に,ご到着。
 今年は,門徒さんも3人同道してくださいました。翌朝の晨朝まで一緒にお勤めし,ご法話を聞きました。一緒に行っていただいて嬉しかったです。満堂の吉崎御坊での正信偈三淘の念仏和讃,とってもいいです。
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2008年04月23日

春始動

08.4.22-1.jpg  昨年の朝顔。次々と枯れてしまった原因がきっと土にあるだろうと思って,土の総入れ替えに挑む。裏庭に土を捨て,帰りに落ち葉から出来た腐葉土があるから,それを入れる。今年は何とか咲いて欲しい。昨年の失敗でタネがないから,本当に仕切り直しだ。
 そして,刈払い機の試運転。取説読んで慎重にかける。何と一発で始動。やれやれ,これで安心。そういえば,昨日,裏庭の巨大なイブキについての電話があったな。もし見に来られたら大変。裏庭の草も引かなきゃ。
 「土」といえば,先日のお話で「土徳」を聞いた。先日出会った新聞記者が,「木ノ芽峠越えをした。」と新聞の切り抜きが届く。あの記者にも,みなさんの熱い思いが伝わったと感激する。
 そして,「無宿善の機」についても考える。「経道滅尽」も。
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2008年04月22日

御影道中

08.4.20-2.jpg  昨日は,保護司会の新年度第一回総会で,夜タクシーで帰る。すると郵便受けに見慣れぬタッパーが。そして留守録に「昨日はスミマセンでした。」と。
 蓮如上人の御影道中に会えるのは,自分にとって喜び。門徒さん方と一緒に会えたのはその喜びが倍増なのだ。それは,盛んに恐縮がられることではない。親切心でやっているのではない。こういう立場をいただけたからこその喜びなのだが,そのニュアンスは分かり難いみたい。
 随行教導が,蓮如最晩年のお文を引かれたのを思い出す。「あわれ,あわれ,存命のうちに,みなみな信心決定あれかしと,朝夕おもいはんべり。まことに宿善まかせとはいいながら,述懐のこころしばらくもやむことなし。」(4−15)
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2008年04月21日

蓮如病?

08.4.20-1.jpg  昨日は,蓮如上人の御影道中が敦賀市内をお通りになった。市内の3つの寺にお立ち寄り。それぞれの寺に門徒さんを同乗してお迎えした。ある女性は「一緒に歩きたい。」と。それで,滋賀県境あたりから疋田の西徳寺さんまで1時間半ついて歩いた。後で聞いたのだが,普段からウオーキングしているのだという。そうでなければ,とてもついていけない。谷口の願浄寺から新保の意力寺までの2時間の登り道を歩いた知り合いの若い僧が汗びっしょりで帰ってきた。「脚がパンパンになって。」と語るも,その笑顔がいい。
 昨年も思ったのだが,御影道中をそれぞれ戸口でお待ち受けし,通過の際にお花やお賽銭を上げ,そして,皆さん合掌してお見送りされる。何とも言えない景色。本当に蓮如さんのすごさが北陸のこの地に,今現在のこの姿になっているのだろう。
 随行の教導先生が「この一週間というもの,蓮如さんのことしか考えない。これって蓮如病か。」と。
 
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2008年04月20日

語る語る

08.4.18-1.jpg  きっと宝の持ち腐れになるに違いないと思いつつも,思い切って購入した。実は出身の寺から1冊お借りしていて,いつまでも借りっぱなしではいけない。自分のを持とうと思っていたこともある。
 昨日は地元の寺で,ある講座があった。その座談会で,発言する必要もないのに,口を出し,しかも,とうとうと語っている自分を何だろうと思う。
 僕は基本的に語ることが大好きなのだ。ある先生から電話を頂戴し婦人会の出講依頼を受け,二つ返事で「はい。」と引き受ける。歳のせいもあるかもしれないが,現職時代から生徒や職員にイロイロ語ることが好きだった。聞くことよりも語ることが大好き人間。これってほとんどビョーキか。
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2008年04月19日

777

08.4.18-2.jpg  HP上に日記を公開していたが,友人の助言でブログなるものに挑戦し始めたのが,2006年1月。自分でもいつまで続くかと思いながら書きなぐっているうちに,777回目を迎えてしまった。
 ブログに変えてから,知人や見ず知らぬ方から時折コメントをいただく。それが,とても嬉しいことを知った。コメントのほかにも,メールや電話などで感想をいただくこともある。寺を訪問してくださった人もある。
 時には,そのコメントの言葉で自分の頭がグルグルになったときもあるし,落ち込んだり有頂天になったり。自分なりに「自分をさらけだす」つもりだったが,指摘され,読み直して「単なるひけらかし」に過ぎないということも分からせていただいた。
 タレントでもないのに,時折,自分を写した写真も載せる。「得度を受けるということは公ということです。」という言葉にこだわる訳ではないが,これからも敦賀の過疎の地にある高雲寺からの発信を続けます。今後もどうかお育てをいただきたい。よろしくお願いします。
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2008年04月18日

努力が好き

08.4.17-1.jpg  先日来,「人は努力が好きなんです。」の言葉が,のど元にトゲとなっている。よく口にするのは,「自分は怠け者。何でもおっくうがる。」と。そして,それを恥じ,自分の弱点と思っている。それは,どこかで自分の力を信じているからだ。もう少し,努力し精進すれば,もうちょっと自分を磨けば,もっとマシになれる,と思っている。ホントは鉄なのに磨けば金や銀になれると思っている。
 僕は,仏華を活けるのが好きだ。いろんなことを思いめぐらして,挑戦する。すると目に見える成果がすぐに現れる。花瓶の上に予想外の花が出来上がる。そして,門徒さんに「この花どう?」って聞く。
 夕べは,何人にも電話して,この20日に蓮如上人御影道中が敦賀市内をご下向になるが,そのお迎えの打合せをする。いつかは,「ついて歩きたい。」と思うが,年々足腰が老化していくなあとも思ってしまう。
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2008年04月17日

一隅

08.4.16-3.jpg  先生の3回忌にいただいた書の額装が出来た。嬉しい。どこに掛けようか悩む。本当は座敷がふさわしいのだろうが,いつでも見られるように居間に掛けることにした。この言葉を日々味わっていきたい。
 長距離を通うのは大変だから,2つの学習会を同じ日にしたらとの提案があったが,僕はそれに反対した。多忙な人だと月に何度も集まるのは大変なんだろうが,ヒマな僕にはそれぞれの日程が生活のアクセントになる。講義主体の勉強会,気軽におしゃべりできる会,ほぼ同じ顔ぶれなのだけれど雰囲気は違う。それぞれの会の中味を反芻しながら,帰りの車の中で運転するのも好きだ。
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2008年04月16日

いずれの行も

08.4.16-2.jpg  昨日,スーパーにあるキャッシュサービス・コーナーに行くと,郵便局のATM機の前が長蛇の列。見るとみな年配の方ばかり。年金から保険料が天引きされるとのニュースを知って,自分はどうなるのかを通帳記入で確かめようとする人々の群れだった。僕は,今月3日に63歳になったから年金が今月から満額になっているかどうか確かめようとしたのだけれど。次回からなのだろうか。それとも来年からなのか。
 今日は,午前中は福井へ。そして夜は彦根へ。ガソリン代が下がったのは,本当に有り難い。
 今日は,「いずれの行もおよびがたき身」を教えていただく。そして,邪見とは,うなずけるところだけうなずく,自分の思いをはなれないことだと。かって,何十年も前だが先生に「シャンとせい。」と叱られたことを今更のように思い出す。
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2008年04月15日

厳しい言葉

08.4.14.jpg  先月は,長兄の法要で出席できなかったから,余計に出席できることを嬉しいと思って昨日も長浜別院へ。
 そこで,また,厳しい言葉に出会う。「お恥ずかしいことに気づいた」自分を恥ずかしいと思ってない。教えの言葉を貼り付けて分かった気になっている。などなど。そして,菩薩道は関係を生きること。それなのに関係を絶つ,例えば別居ですなあと言われて,思わず座り直す。こういう厳しい言葉に出会うために車を走らすのだなあと思う。「仏の教えをおしのけて,自分を立てる。」これが仏智疑惑ですとおっしゃる。
 今日は何をしよう,温泉にでも行くか,いや境内の除草をしなければと思ううち,ハッと知事あてに提出しなければならない書類を失念していることを思い出す。昔は事務仕事なんて,何にも苦にならなかったのに,今は,何でもおっくうになってしまう。
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2008年04月14日

選ぶのは無理?

08.4.2-1.jpg  昨日は,敦賀組(そ)の同朋大会。200人も集まる法会で,僕の村からも沢山お参りに行かれた。ご講師のお話は,「我が身一人の上に仏法を味わう。」を懇切丁寧に話してくださった。
 終わって,散会となるころから雨が振りだしてしまった。僕は別用があったため,マイカーで出席したのだが,皆さんは送迎バス。雨の中をバスまで歩かなきゃいけない。「誰か僕の車に乗せてあげたい。」そう思いながらも,何人もいるのに,その中から3人だけを選ぶなんて無理。結局,見送る皆さんの視線の中を走り去る。年齢順に3人だけでもお乗せするんだったなあ。
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2008年04月13日

一生懸命

08.4.11-4.jpg  先日,ある席で小耳に入った会話が心に残る。「真面目で,一生懸命ほど始末に終えないものはない。」だ。話の脈絡は分からないが,そのひと言が「何だろう。」と思えてしまった。
 「真面目」も「一生懸命」も悪かろうはずもない。方向が違うから,そして,間違っていると思えないから余計困るのだろう。
 ヒトを評論するのは容易だが,自分の向いている方向がどっちをむいているのか。師の指さす方に向いているのか。「ええと思ってるんかもしれんけど。」との友の言葉が聞こえてきそうだ。
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2008年04月12日

彦根城の桜

08.4.11-2.jpg  昨日は,お誘いを受けて彦根城へ。お堀端に沢山植えられている桜のはなやかさの中に身をおく。
 昼食をいただきながら,お話を聞く。至福の時。蓮如上人のお文の現代語訳で,「あなかしこ,あなかしこ」を「南無阿弥陀仏,南無阿弥陀仏」と訳することになった経緯等をお聞きする。お話の中味はもちろん,熱っぽい語り口にも感銘を受ける。
 仏法に出会うこと,よき師に出会うことの感謝と感激を今更のように教えていただいた気がする。
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2008年04月11日

無言のサロン

08.4.8.jpg  いただいたワカメを熱湯でゆでると,瞬時に緑色に変わる。それを教えていただいたとおり,カラシ酢味噌で食べる。
 
 買い物のついでに図書館に連れて行ってくれと言われ,初めて市立図書館に入ってビックリ。僕のこれまでの図書館に対するイメージは,受験生が勉強したり,調べものをする学生たちが一杯なものと思っていた。ところが,中にいるのは僕のような定年退職者らしき男たちが一杯。若者や女性の姿はない。机に本は置いているものの腕組みして居眠りしている人。雑誌や新聞をペラペラめくっている人など。どう見ても,暇を持て余している人たちばかりのようだ。所在なげで,今にもため息が聞こえそうな雰囲気なのだ。
 推測するに,この頃ネットカフェに退職者らしき男たちが結構いると聞いたが,図書館もそうなのか。しかも,当然のことながら沈黙を守らねばならぬ場所。いや,話をしたり他人と関わりを持たなくていい場所なのだ。家にも居たくない僕たち世代が行き場所を失っている。
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2008年04月10日

淋しさゆえに

08.4.9-1.jpg  昨日は,敦賀市内中の桜が満開だった。あちこちに,うすいピンクの桜の山が目立った。そして,予報どおり今日は雨。この雨でほとんど散ってしまうだろう。
 
 数日前,メールをもらう。「〇〇です。覚えていますか?」とある。勤務していた少年院にいた子からだった。HPにメールアドを公開しているから,それをクリックして,送信してくれたのだろう。しかし,送信時間が気にいらない。真夜中だ。キット,深夜,ネット検索していて僕のHPを見つけたのだろう。そんな時間帯に,携帯を操作する姿を想像してしまう。一人でなければ,そんな時間の使い方もしないだろう。淋しさに耐えられなくなって,僕のようなものにまでメールしている,そんな想像をしてしまう。
 「覚えていますよ。」と返信したが,あの甘えん坊の泣き顔を思い出してしまった。彼女たちに共通していたのは,淋しさを嫌うこと。淋しさゆえに,何でもありと,ツルンでしまったり,身を持ち崩したり。淋しい感情の始末ができない。耐えられない。
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2008年04月09日

電話

08.2.29.jpg  電話のベルで起きる。何と夜中の2時。受話器をとった瞬間に切れる。それから眠られなくなる。
 昨日の一日中の電話,セールスばかり。全部で3件。それで,留守録ピカピカの正体が分かったような気がした。
 それで,呑んでみた酒が何だかキツイなあと思いながら,飲み干す寸前にキャップに本格焼酎の文字を見て,「ああ,今飲んでいたのは焼酎だったのだ。」と気づく。
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2008年04月08日

ストーブ片付ける

08.4.2-3.jpg  しなければ,やらなければと随分前から気にしていた。灯油タンクがみな空になったので,本堂にある各ストーブから寄せ集めする。そして,ようやく空焚きに挑戦。何をするにもおっくうになる。ヤハリ歳か。歳相応に成熟すればいいのだけれど,そうはいかんから見っともない。おっくうになることだけは歳相応か。
 今朝は,地元小中学生と見守りボランティアの顔合わせ会に出席する。こんなことでもしなければ,小中学世代と触れあうことも出来ない。
 そして,当たり前だけれど,PTAのお父さんお母さんを「若いなあ。」と思ってしまう。
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2008年04月07日

手作り感

08.4.5-1.jpg  出身の寺で催されたコンサートに出かける。乾千恵さんの「7つのピアソラ」出版記念のコンサートだった。初めて生で聴くバンドネオンの音色に驚きながら,こういう暖かなコンサートは,思いのこもった人たちの手作りだから出来るのだ。この熱い雰囲気もそこから生まれてきているとしきりに思った。「手作り」って,「私的」なニュアンスを感じる。
 思いのこもった人々の願い掛けが空気を作る。公的な施設で,公的な組織のセンスを交えたら途端に冷たいものになってしまう。そんな気がする。
 僕は,退職前に,国立の施設で,官僚組織の中で,私的な志願を果たそうとして破綻したんだなどと思いながら,最前列でバンドネオンとコントラバスのかけ合いを聴く。夢心地の時間だった。帰りは,彦根城の花見客の大渋滞に巻き込まれてしまうというオマケつき。そして,寺の生命は「私的」なことなのだと思ってしまう。
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2008年04月06日

ほっこり

08.4.5-2.jpg  あるお宅を訪問する。すると,「桜の下でお抹茶を。」と言われ,飾らぬその家族と一緒に,手作りの桜餅にお薄をいただく。これが「ほっこり」というのか。
 
 「念仏というは口に南無阿弥陀仏ととなうるにあらず。十劫正覚の刹那より,我らが往生成就したまいけるという信心のおこるを念仏なりと先徳 云々」
 「念仏の心というは,口にとなえ,六識に所知するを,念仏の心とは申さぬ。念仏というは,御智慧なりとありて,阿弥陀如来の智慧の心なれば,無碍心ともいうなり。唱うれば出来,唱わざればうするというような理りにあらず。」(相伝叢書)
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2008年04月05日

君子蘭をいただく

08.4.4.jpg  昨晩は,第一金曜日。いつものお勤めの稽古日。今月から真四句目下げに挑戦。秋の報恩講に向けて練習を始める。
 休憩時間に蓮如上人御影堂中の御下向お待ち受けの話で盛り上がる。先日,一部の人に渡した御下向道中の講話のコピーが,何人もの人に回されていることを知る。読んだ人が,次の人に回し,何人もが読んでくださっている。予想外の展開に驚く。「読みたいからコピーください。」とはならず,読んで次に回す。知らぬところでひそやかなブームになっている。「知らぬは住職ばかりなり。」なのだ。「蓮如輿 名利のわれが 供奉申す」と序に書かれているように,御影道中に供奉することで名利まみれの自分が照らし出されるとのお話を懸命に読んでくださっている。静かに地を這うように伝わっていくものだと思う。
 「花まつり」のような特別のイベントの後だから,余計に日常の積み重ねを思う。
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2008年04月04日

今日は「花まつり」

08.4.3.jpg  今日予定されている「花まつり」の準備を手伝う。今日は係員として,その運営を手伝う。
 帰宅してみると,留守番電話がピカピカ。3件もあるのに,どれも声の録音がない。先方が留守と分かってあきらめたものだろう。この頃,こういうことって結構多い。誰からか,何の用か,気になる。
 PCを立ち上げると,東京から講演依頼が入っている。先日は,大阪から。社明運動(非行防止などの運動)だ。何で退職して3年も経っているのに,退職前の苦い思い出を語ることしかないのに。そして,今更,晴れがましいところに出て行きたくないなあとも。
 夜,地元の会合に出る。「お前酒飲んでいるだろう。」「ううん。呑んでない。」「顔あかいぞ。」「血圧高いからや。」酒を呑んでいなくても,信用してもらえない。
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2008年04月03日

師に出会う

08.4.2-2.jpg よき師に出会えることほど幸せなことはないと思う。師は自分で選ぶものではなくて,与えられるものと思う。もがき苦しんで歩みだそうとした時,目の前に現れる。
 少年院の生徒が「〇〇先生のおかげで自分は変われた。」と感涙するのを何度も見た。それはそれで嬉しかったが,それは生徒自身が「これではあかん。」ともがいたからこそ,すぐ側に素晴らしい先生がいたことに気づいたのだと思う。
 親鸞聖人だって,今の自分を納得できなくて山を降りたからこそ,法然上人に出会えたのだと思う。
 喜代美には3人の師が与えられた。まず「ぎょうさん笑え。」と人生の指針を示してくれたおじいちゃん。そして草若師匠。3人目は,「おかあちゃんゴメン。」と思えたとき,「お母ちゃんみたいになりたい。」と糸子という師に出会えた。
 人生を方向づける師に出会えた感激。これも「ちりとてちん」の魅力だった。
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2008年04月02日

テレビ漬け

08.3.26-1.jpg  昨日は終日テレビ漬け。地元小中学校の先生の転入ごあいさつを受けたほかは,特に何事もなかった。火曜日は僕の行きつけの温泉も休み。だから,ほとんど終日,録画していた「ちりとてちん」を見続ける。公式HPの熱い書き込みに触発されたワケでもないのだが,この朝ドラの素晴らしさに,もう一度浸りたいと思ったのだ。
 そして,また,珠玉の言葉に出会う。「落語は何百年の間,何千人かの噺家の口から口へ伝えられてきたもの。でも,それを聞くために足を運んでくれはったお客さん。そのお客さんが笑ってくれはったからこそ,今に伝わったもんや。」仏法だってそうだろう。
 彼らが一生懸命になったのは,具体的には常打小屋の建設という目に見える目標だろう。でも,本当の志願は,師匠の悲願は,上方落語を伝えること。将来にも伝えることだろう。だから,その姿はオモロイ。神々しい。63歳。僕も今日からリ・スタートだ。
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2008年04月01日

引きずる

08.3.29.jpg  何だか古びた少年院の中を巡回して,過剰収容の居室から生徒に声を掛けられる夢で目が覚める。新聞を取りに行って,4月1日ということに気づいて,法務省の人事異動欄に目を通す。退職後3年も経っているというのに。
 はまっていたドラマのHPを開いて,掲示板を読む。大量の書き込みに驚きながら,こんな僕って何だろうと思ってしまう。
 これではいかん。そこで,5月に依頼されているある会での演題を「生きるめあて」とすることにした。自分のためにおしゃべりする。こんなんしかない。
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