先日,来訪した友人たちを松原海岸に案内する。天気は晴れ,海の色と空の色,それに西浦の紅葉と条件がそろって,随分気分のいい景色に出会った。都会からの来訪者には,こんな景色が何よりのもてなしだなあと思う。「いいところですねえ。」と言われ,入寺当初思っていたその感覚を忘れて,この景色に慣れっこになっているなと思う。
ブロバイダーの迷惑メール防止のサービスを受け出したが。ほとんどのメールがフィルターにかかり落とされている。その威力に驚き,助かる助かる。
先日,来訪した友人たちを松原海岸に案内する。天気は晴れ,海の色と空の色,それに西浦の紅葉と条件がそろって,随分気分のいい景色に出会った。
一昨日,京都に住む友人が来訪。同道された3人は,初めてだったが,寺に泊まっていただく。お朝事にも出てくださった。市内を案内して送り出す。
結構出歩くことが多かったが,昨日は久しぶりに終日家にいた。そこで,まず雪つり。昨年より竹を長くしてみた。そして本堂の枯れかかった花を一部入れ替えしたり,掃除機をかけたり。今日来訪予定の友人のために,離れに布団の用意をしたり,よく働いた。そして,夜の役員会の準備。久しぶりに前の責役も交えて酒を飲む。
今年の報恩講の参勤も昨日で終わった。出身の寺の報恩講,2日目。骨格のかっちりしたご法話を聞く。「真宗の救い」が講題だったが,「然るに世人,薄俗にして共に不急の事を諍(あらそ)う」(大経)を引かれて,自分の愚かさを見えない人は他をなじるなど,語られた。力のある声に引き込まれた。「邪見キョウ慢悪衆生」のお話も痛かった。
「スミマセン。こんな話,しか出来ませんでした。」終わって,思わず出た言葉。「去年は,時計見ながらやっと時間が来た,とホッとしたことを覚えている。今年は,まだ話の途中なのに時間が来てしまった。」そんな感じだった。
真宗本廟御正忌報恩講そして宇治の平等院へ。例年,11月23日は敦賀組(そ)から東本願寺の報恩講に団体参拝することが慣例のようになっている。そして,今年は平等院へ。30数年前,宇治市内に4年間生活していたが,宝翔館なる観光施設があることを知らなかった。そこで見たビデオに「淨土」を pure land と英語の字幕が出ていた。鳳凰堂は来世のお淨土をあらわしたものという。
ツバキとサザンカのどこが違うかよく分からないが山茶花らしい。裏庭の白い花が盛りだ。前住か前々住が植えたものだろう。これらの庭木も,何もかもが自分に与えられたもの。そして,この寺に入寺したことも,お与えと感じられるようになった。
やることが,一杯あるのに,何も手がつかない感じ。裏庭の刈り込みの続きもしなければならんし,プランターの枯れた花を植え替えしなければ。放置しているチューリップの球根が気になる。そして,校正のお手伝いやお話の準備も。しかし,何も進まない。
昨晩は彦根へ。県境を抜けるとこれまでのどしゃぶりがウソのように道路が乾いているし,風もない。
いつものMばあちゃんから里芋をもらう。イカと煮るのも平凡やと思う。福島県境に近い刑務所に勤務していたころ知った「芋煮会」。それを真似ようと牛肉やこんにゃくを仕込む。キノコを入れるのを忘れた。ちょっと醤油が強すぎたが,充分食べられる。それにしても作り過ぎ。今日も一日中食べ続けなければならんのが難点。
「あっゴミ出し!」と思って布団からとび起きる。カレンダー見て,「何や月曜日や。火曜日と違う。」と気づく。曜日感覚がなくなっている。現職時代の月曜日は,「今日から一週間」という特別の日だったことを思い出す。毎日が日曜日となって,自分の思いどおりにスケジュールを組み立てることのできる毎日となった。
昨日は,お朝事もそこそこに,7:30から朝ドラを見る。福井県民のはしくれだから,つい見てしまう。予想どおり小さな山場だった。8:15からもう一度見ながら,来週末のお話のレジメを作る。そして,越前町に走り,27日に来訪予定の友人のため,カニの足折れの生を取っておいてもらうよう頼む。折り返し,長浜に飛んで,ある先生の寺の報恩講へ。どうも最近,自分の身体が聴聞モードになっていることが分かる。その後,若狭町に走って,この写真のピアノコンサートに。ショパンのバラードにゾクゾクする。
昨日は,五村別院へ。ご講師の「お念仏を私有化」するということは,「仏恩を念報することなし」です。残念ながら我々のお念仏は,これしかないんです,とおっしゃる。
たまたまテレビをつけたら元高級官僚が「退職金を返上します。」と語っていた。役人にとって退職金を返上するって大変なことだ。懲戒免職と同じだ。
朝早くから何人かの訪問を受ける。「ゴエンさんちっともおらん。朝早くだったらおるだろうと思って。」と言われる。
12日,13日の2日間,福井の友人の報恩講にお手伝いに行く。この写真は,その中の子ども報恩講。本堂の中をはしゃいで駆け回る子どもたちを見て,慣れない自分はどう動いたらよいか分からない。
50年の歴史の中でわずか2年勤務しただけ。
昨日は,約10年前,次長として勤務した岡山少年院の創立50周年記念懇親会に出る。数えてみたら,一緒に勤務した人が15人も出席しているではないか。当時の話に夢中になる。退職しても元気に活躍されている人,現職でいまなお懸命に仕事に取り組んでいる人,どの人とも当時を振り返りながら話がはずむ。
庭の一位の木に光がさす。回りの余分な枝を払ったから庭が明るくなった。
昨日は,福井県出身の元全日本女子バレー選手の講演を聞く。彼女が福井県出身だとは知らなかったのだが,同道した人から「五木ひろしに次いで有名人。」と言われた。福井県民だったら皆知っているのが当たり前なんだ。
剪定して落とした枝を片付ける。山のようになってしまう。
昨日は,朝から婦人会の方が食器やフキンなどの片付けに来てくださる。それに合わせるようにB総代が「ちょっと松を剪定に。」と現れる。脚立を出しながら「ゴエンさん。モチの木を枝払いしたら明るくなると思わんか。」と語りかけられる。庭の周囲に植わっている何十本かのモチの木を適当な高さに截りそろえる作業が始まる。4時半の日没までにまだ終わらない。裏の畑には落とした木の枝が山になった。実は運ぶ作業を僕が手伝ったのだ。今朝は,足腰が痛くて起き上がるのがやっと。
脱力感の中で,報恩講を振り返る。お講(お斎)で今年は,お講汁(豆汁)が目玉だった。久しぶりに作られたという。今やばあちゃんたちにしか作れないという。大豆をすって作る汁で,具は豆腐とお揚げさん。つまり,豆づくしだ。とても好評だった。おいしくてお代わりもした。
報恩講から一夜あけて,疲労感と虚脱感のようなものを抱える。することがあるのに,何もする気がないというかエネルギーが出てこない。冷蔵庫に昨日のお講(お斎)のご馳走がラップに包まれて並べられている。それをながめながらそんなことを思う。
昨年の報恩講で,あるばあちゃんが「御伝抄上がらんようになって10年以上になるなあ。」のひと言で,今年は挑戦しようと考えていた。ムロン僕にとっては初めての経験だった。法話の時間を食い込んでもすべきなのかどうかとの思いもあったけれど,まずはやってみようと総代にも相談してやってみた。ローソクの光だけで読めるか不安で,夜こっそり残ローソクで実験もして,本番に備えた。
今日から報恩講。昨日は,婦人会の方々が朝早くから来てくださって,お華束作り。そして,総代により打敷や幔幕の設置,境内の掃き掃除までしていただいた。庫裏の雨樋に草が生えている。「これじゃあ樋の役目をしていない。」と梯子に登って,樋に溜まった枯葉を除去。夜は,定例のお勤めの稽古。いつもの顔ぶれが集まる。あわただしかったが,妙に充実感のあふれる一日を味わう。
こんな時に限って,お風呂の蛍光灯が切れる。10Wなんて予備もないし,コンビニにも売ってない。あわてて敦賀まで往復。ついでにマイペット床ワックスも購入。実は後堂を拭き掃除した後ワックスもかけることを考えたのだ。普段考えもしないことをこういう時って思いつくもんだなあ。
準備しなければならないもの,掃除しなければならないところなど,メモって作業する最中に,そういえばアレもしなくてはなどと気になる。| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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