(写真は,一昨年のもの)夜,また福井市内へ。チャイコフスキーのピアノコンチェルトを聞く。ピアノと各楽器との掛け合いと言うけれど,まるで果し合いのような激しいやりとり。あのきゃしゃな身体からどこにそんなにすごい感情があるのかと驚く。右側の1階席だったから,ソリストの表情が手に取るように見え,渾身の演奏を目でも楽しむ。実はこのソリストの演奏は今年2回目。前回のモーツアルトとは随分違うなあと思った。
最近,分不相応の望みを持つことは,当然,あちこちに無理が生じてしまうと思う。身の丈にあったものとはよく言ったものだとしきりに思う。そこに落ち着くまで,しばらくガタガタするかもしれない。
さて,今週末の報恩講にチャンネルを切り替えないと,準備が間に合わない。
今夜,出かける予定があったので,どうしようかと迷いつつも,朝から福井市内まで車を走らす。行ってよかった。
おそれを知らぬというか,昨日の講題だ。このところ,法然上人と明恵上人の論争を教えていただいて,「菩提心」について考えることが多かった。
地元の小中学校で行われたゲートボール大会を終えて寺に戻るとすぐに電話がかかる。出てみると,来月予定しているある高校からだった。教職員研修の講師を頼まれていたのだ。講題を問われ,研修内容について問われた。僕のHPを見ておられるということで,教職員の教育観の対立などについても話してほしいとの注文がついた。
昨晩は,「三心一心の義相」ということを教えていただいた。特に,「欲生我国」といわれる「欲生心」を「如来のたすけばやと思しめしたまう招喚なり」と教えていただいた。その余韻を味わいながら,来月の掲示板を考える。「気づけたのは 自分の力ではなかった」みたいなことを書こうと思った。
長浜別院の報恩講にお参りする。隣寺の同行と一緒に記念撮影。
大塚国際美術館。最初の展示室の巨大な壁画の一部。絵葉書を買ってきたのでそれをアップする。
旅の第一は,同道する方々との相性だろう。この仲間の自制的でしかも,適度に気さくな雰囲気が旅を楽しませてくれた。旅行中,笑顔が絶えなかった。なぜか「触光柔軟の願」を思った。この仲間の中に浄土宗の僧侶が3人もいて,親しくなれたのも収穫だった。
1泊2日の旅行に行ってきた。初めて徳島を訪れる。宿の余興として,女将はじめ宿の皆さんの阿波踊りの実演を見る。テレビなどで見てきたが,実物のリズム感というか,はじける感じが何ともイイ。
湖北町のお寺の2日目。お勤めの後,おしゃべりと座談会。ちょうど12時から昼食だった。ご飯とお講汁。里芋やカブを味噌味で煮込んである。報恩講の御満座でお講汁をするのは久しぶりですとのことだったが,とてもおいしくお替りもした。
(湖北野鳥センター)ここを訪れたのは1年前か。琵琶湖の水鳥を観察した。
自分の腸の中をモニターで見ながら,そんなことを考えるなんて。昨日は腸の内視鏡検査だった。ポリープが3つあって,切除しましょうとなる。
小学校時代。というと半世紀以上前の話だが,図工と音楽が苦手だった。どうも,生まれつきのもののようで努力しても上達しないような気がする。絵は今でも下手。日曜大工のようなことは出来るだけ避けてきた。
(衝動買いした焼き芋なべ)
平日でしかも車でなければ行きにくい別院なのに,境内も自動車で埋まる。毎回,満堂だ。すごいなあと思う。
10数年前に胃カメラをしたときは,体中が異物を吐き出そうと反応して苦しかったが,やはり医学の発達はこんな所にも現れているのかさほど苦痛なく終わる。
自分の今あるそのままを「さらけだす」つもりで話をしても.話をしながら,途中で「何や単なるひけらかしだ。」と気づく。
昨日,一昨日と泊込みで友人の寺の落慶法要に行ってくる。得度して日の浅い僕にとって,行儀作法は知らぬことばかり,出来ぬことばかり。そんな僕が手伝うように言われ,前日のリハーサルから教えていただいた。
高血圧の薬をもらうために,病院でもらった紹介状を持って開業医に行く。診察室で初めて触診を受ける。お腹を触った医者が「うーん。胃カメラやりましょう。大腸も。」にビックリ。「あのう,病院でエコーもやってもらったんですけれど。」「いや,周波数が違うから。カメラで大丈夫だということを確認しましょう。あとで,実施日時を決めてください。」血圧の薬もらうだけのツモリがとんだところに飛び火。
テレビを見ていたら,「申し訳ないと考えます。」と。でも,テロップでは「申し訳ないと思います。」と。役人のコメントだった。申し訳ないに「考えます。」はヘン。でも,それが本音なのだろう。思ってもいないのに謝罪するから,「考えます」になったのだろう。
報恩講の段取りを考えていくうち,先般のオミガキに出し忘れていた燭台に気づく。早速取り出して磨きだす。さっと済むものと思っていたが,それが意外に大仕事と分かる。ゴシゴシと力を込めて擦らなければならない。おかげで,右手がだるくなってしまい,今朝は右肩にコリがある。オミガキでは自分が仏具を直接磨くことはなかった。だから,こんなに大変な力仕事だとは知らなかったのだ。
霧の中を走る。五里霧中というけれど,行き先も歩む方向もワカラン。時折,「人生の意味」とか「生きる値打ち」なんて考えるけれど,何だかウソっぽい。
江戸末期に地元の藩主から贈られたとされる山門に掛けられた額。それに「淨土真宗」の文字が見える。当時,「淨土真宗」を公称することができなかったはず。淨土系各宗派からの反対もあって,真宗と略称してきた。なぜ?
今日は,Hさんの五七日(満中陰)法要だ。この1ヵ月,毎週日曜日に中陰参りをした。それも今日で終わる。亡くなって35日。先日も報恩講のお華束つくりの話の中で,Hさんが,ついた餅をちぎる役割をして他の人が丸める作業をしたこと。今年は誰がちぎるかとなる。同じ大きさにちぎるにはベテランでなければ不揃いになる。そういえばHさんの発案で,あんこ餅も作った。
先日来訪してくれた学生たちやその先生たちから何通かお礼のメールを頂戴する。その中に,最後の集合写真があった。今日はそれをアップする。
大根の間引き菜。少し前になるが,僕の大好きな野菜なのでアップ。
先日の学生たちの訪問時,「お坊さんに,これはとも思ったんですが。」と地酒2本を手土産に頂戴する。そして帰った後の冷蔵庫には,こんなに沢山のビールが残されていた。先頭だって立ち働いていた学生に帰り際,「ご住職,冷蔵庫の缶ビール,飲んでください。」というようなこと言われたが,こんなに沢山残っているとは。でも,思わず笑みの自分。
学生たち23人がお朝事に座ってくれた。終わってビックリ。全員が足をさすったり,倒れたり。そうか,みな正座してくれていたんだ。「どうぞ足を楽にして」と言うのを忘れてたなと思ったが,わずか20分ほどだったけれど誰も足をくずさず,全員が足の痛いのをガマンして座り続けた。この学生たちに新鮮なものを感じた。そのことがとても嬉しかった。
『森林アカデミー』という名の専門学校の学生たちが20数名泊まりにきてくれた。座学とフィルドワークを併せ持つ学校のようで,高校卒ばかりでなく大学卒業生や会社を辞めて入学する人もあるという。昨日は里山体験ということで敦賀市内の湿地帯で体験学習をしてきたという。
門徒のある奥さん「ウチは,ほっとけやから。」と笑顔。何だろうと,よく聞いてみると「仏(ほとけ)」と「放っておく」を合わせた造語。つまり,「仏法に熱心じゃないから,お内仏のお給仕や寺参りにあまり熱心でない。」の意らしい。