越前海岸を走る国道305号。至るところで工事用の信号があって,一方通行となっている。土砂崩れの修繕工事をしているのだ。越前海岸は海に山が迫っている。その山を削って道路が作られているから,少しの雨で道路に土砂が崩れ落ちる。「落石注意」などという標識があるが,どう注意すればいいんだと思いながら走る。海岸線に沿って走るから,とても素晴らしい景色だ。でも,山肌を切り取って道路を付けるって,無理なことをしているんだ。土砂崩れを防止するため,山肌に柵を作ったり,コンクリートみたいなものを塗りつけたりして,景観を損ねている。
だからリアス式海岸となって,潜りのメッカともなるんだろうけれど。
友人に先日の法話をほめられて,嬉しいくせに「話が上手と言われたくない。」と返した。本当は何をほめてほしいんだ。中味のない話をペラペラしゃべりっ放したくせに。本当はそんな話,しか出来ないくせに。
友人宅にお邪魔する。すると花瓶を下さるというのだ。実は,先日,福井市内であった陶芸の作品展を見に行ったのだ。そのお礼ということらしい。嬉しい。随分もうかったなと思ってしまう。帰路,車の中で「そうだ,Fさん宅のコスモスを活けよう。」と思いつく。
毎月末に宅配便で『同朋新聞』が門徒戸数分送られてくる。その中に分厚い本が1冊入っていた。定価1000円の本が全寺院に配布されたことになる。それを,今までかかって一気に読んだ。同朋会運動の系譜をまとめたもの。同朋会運動を機の深信の実践と熱を込めた筆致に引き込まれた。内容的には,よく先生から語られたものと重なった。けれど,その嘆きは,自分を嘆くものとして聞いていた。
先日の彼岸会法要のワンカット。
本当に「暑さ寒さも彼岸まで」だなあと思う。めっきり涼しくなった。
法要の準備が一通りすむと,今度は「果たしてお参りがあるだろうか。」と不安にかられる。1時間前の太鼓をたたく時には誰もいない本堂で,しきりにそれを思う。でも,30分前に,線香や炭に火をつけるころになると,「ちょと早すぎたかいな。」と手押し車でやってきたばあちゃんを皮切りに,山門前で話し声が聞こえ出す。黒衣五条に着替えて喚鐘を鳴らすころには,沢山のお参りをいただいていることを実感する。一家に二人三人と来ていただいているところもある。有り難い。寺に人が集まること,それだけで嬉しい。
昨日は彼岸の中日。珍しく日程のぎっしり詰まった一日だった。朝一番に東京から墓参の若い夫婦の訪問を受け,10時から年忌法要,食事をご馳走になって,午後2時から中陰参り。3時から婦人会役員が来てくださって今日からの彼岸会法要の準備と掃除。
一昨日の晩,パジャマに着替えようとした所で玄関のチャイムが鳴る。出てみると,男が二人。お一人は顔を見知っている人。突然「観音様はいらっしゃいますか?」という。「大昔はあったと聞いていますが,蓮如上人の御教化を受けて真宗寺院となってからは,ない。」と応えると,「お寺だから御霊(みたま)があるはず。」という。「真宗はそんな風にいいませんよ。」と言っても,「とにかく,お参りさせてください。」という。
施設内処遇と社会内処遇の有機的一体化を称えられて四半世紀以上が経つ。でも,保護観察の現場の経験を持つ保護司さん方の話を聞くと,悲鳴にも似た声になっている。施設面接で会った時と,仮退院後に出会う姿の落差の大きさに戸惑われた保護司さん方のナマの声を聞いてタジタジとなった。そして,施設面接での神妙な姿も偽りではないかとの思いも生まれる。社会復帰後の予後の難しさを身をもって知り,それを嘆く声を聞きながら,矯正悲観論の下地がこんな現場から生まれたのだなあと思う。
どなたに会っても,あいさつの言葉が「いつまでも暑いなあ。」となる。本当に,毎日暑い日が続く。いつかは涼しくなってくれると思いながらも,連日の暑さに参ってしまう。
突然,Sさんの訪問を受ける。昨年見つけたグンバイヒルガオが,今年はどうかと思って海岸を歩いてきたという。昨年,グンバイヒルガオを教えてくださったS先生で,植生に詳しい。
いつもの日帰り温泉。受付で料金を払おうとすると,「スタンプは?」「いいえ,やってません。」「やりなさいよ。結構来てるし。」
昨日は,出身の寺での彼岸会のお手伝いに。夜は跳んで帰って,敦賀組内での勉強会に出席。夕食が取れなかったから,ちょっと屋台のラーメンを食べて帰る。夜の道路沿いに並んでいる屋台は,敦賀名物でもある。
野菜炒め。色々やってみたけれど,塩コショウが一番おいしいと思えるような気がする。細長いピーマンの辛いこと半端じゃない。一口食べた後,「からい」「からい」と走り回る。
プロ野球も大相撲にも興味をなくして久しい。それがこの数日間,政争関係の記事を探して読み,テレビのチャンネルを合わせた。自分はどうしてこんなに熱心なんだろうと自問自答しながら。選挙ほど面白いゲームはないと聞いたことはあるけれど,そうなんだろうか。そのゲームも終わってしまって,今の自分は正直「つまんない。」という感触しかもてない。
7月下旬から始めた高血圧治療。当初から,検査して近くの町医者を紹介しますと言われ,通った。治療というより検査・検査の2ヶ月だった。「単純な高血圧症ですね。」と言われるまでに,毎日の血圧を表にしたり,薬を飲んで副作用がないか見るための(?)血液検査だったり。待合室で名前を呼ばれるのをジッと待つ日々だった。当たり前だけれど,何か病を得た人たちと一緒にベンチに座る。座っているだけで,次第に自分もその中の一人と納得するようになる。それにしても,今の医療はパソコンを駆使してのデーター重視の医療だなあを実感した。医師は専らモニターを眺め,手はキーボードとマウスから離さない。そんな診察が当たり前の時代なのかと思う。
今年も,まずMさんから新米が届く。嬉しい。ありがたい。今朝のお仏供は,このお米を焚こう。
新聞に,首相の言葉「職を賭す」の活字が躍っている。確か参議院選挙前に野党の党首も,この選挙に負ければ議員を辞めると言っていたことを思い出す。政治家はこの手の宣言が好きなのか。それだけインパクトのある言葉なのだろう。
当然といえばそのとおりなのだが,葬儀に参列することが多い。そのほとんどはフギンといって導師の隣で読経するのだが,この間のように自分が導師を勤めることもある。
『小澤征爾スペシャル』というテレビ番組を録画して見た。野性味あふれたやんちゃ男というイメージから,今の巨匠とまでいわれるようになった男が今年で72歳を迎えたという。インタビューの中で,日本に帰ろうと思っていた時に井上靖に励まされたこと。師匠に恵まれたといい。「カラヤン,バーンスタインのマネをしない。彼らの人間性を学ぶんだ。」と語る。
福井市街までちょうど1時間。駅前にしゃれたビルがある。1階から3階まで「商業施設」という標識がある公共施設。専門店街の上に図書館などの公共施設が乗っている奇妙なビル。タバコを吸いたくて,喫茶室の入口で「あのう,タバコ吸えますか?」と聞く。応対に出たマスターらしき店員がにこやかに「こちらへどうぞ」と案内してくれる。そのひと言で救われたような気分になる。
昨晩は定例の婦人会のお勤めの稽古日。いつもの顔ぶれが揃う。
汗まみれになった白衣(はくえ),自分で洗うのが面倒とスーパーの中のいつものクリーニング取次ぎに持って行く。「あのう,水濡れのものは乾いてからじゃないと受け付けられません。」「えっ!汗かいているだけなんだけど。」いつもの店員さんだったら,黙って受け付けてもらえたような気もする。仕方ないから別のスーパーに持って行く。白衣って特殊だから店によって値段も随分違うような気がする。仕上がりを見て,これからを考えよう。
宅配便で焼酎が届く。ある先生からの贈り物。この頃イモばかり飲んでいると言っていたことを覚えておられたのだ。嬉しい。
このところ,朝晩,血圧を測っている。今朝もやや高めか。
昨日亡くなったHばあちゃんの一言が思い出される。定例の婦人会のお勤めのお稽古の日,雑談の中で,「(こんなに寺に通っても)ちっともエエもんになれん。」とポツリひと言。その言葉を,自分の業の深さを嘆く言葉と聞いた。そして,エエもんになりたいというHばあちゃんの気持ちが分かったような気がした。「自慢じゃないが,若いころは寺なんて全く来たことはなかった。」と語っていたばあちゃんが,一番熱心に寺通いをしてくださった。そして,毎日,お内仏でお勤めをしているという言葉どおり,正信偈も上手に上げられるようになっていました。今夜はそのばあちゃんのお通夜です。
通常の法事だと,鞄が大きすぎて,つい風呂敷に法衣をつつんでお参りしていたが,法衣を粗末に扱ってるようで,小さめの鞄を欲しいなあと前から思っていた。
1日から4日まで『敦賀まつり』だ。小中学校も休みになるという。この間,市内随所が通行止めになる。これでは,市内に買い物に行きにくいなあと,北陸トンネル完成で廃線となった旧国鉄北陸線を走る。敦賀から今庄までトンネルが10以上あって,スイッチバックもあった。それを歩くウオークラリーというイベントもあるという。
平きんの下におく台,雲輪がないのがずうと気になっていた。今までないまま過ごしてきたが,毎日のお勤めことだし買い求めた。