2007年09月30日

話が上手

07.9.29-1.jpg  越前海岸を走る国道305号。至るところで工事用の信号があって,一方通行となっている。土砂崩れの修繕工事をしているのだ。越前海岸は海に山が迫っている。その山を削って道路が作られているから,少しの雨で道路に土砂が崩れ落ちる。「落石注意」などという標識があるが,どう注意すればいいんだと思いながら走る。
 海岸線に沿って走るから,とても素晴らしい景色だ。でも,山肌を切り取って道路を付けるって,無理なことをしているんだ。土砂崩れを防止するため,山肌に柵を作ったり,コンクリートみたいなものを塗りつけたりして,景観を損ねている。
 だからリアス式海岸となって,潜りのメッカともなるんだろうけれど。
 友人に先日の法話をほめられて,嬉しいくせに「話が上手と言われたくない。」と返した。本当は何をほめてほしいんだ。中味のない話をペラペラしゃべりっ放したくせに。本当はそんな話,しか出来ないくせに。
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2007年09月29日

花瓶をもらう

07.9.29-2.jpg  友人宅にお邪魔する。すると花瓶を下さるというのだ。実は,先日,福井市内であった陶芸の作品展を見に行ったのだ。そのお礼ということらしい。嬉しい。随分もうかったなと思ってしまう。帰路,車の中で「そうだ,Fさん宅のコスモスを活けよう。」と思いつく。
 友人が「このごろ,少しブログが変わってきた。」という。「ん?」「少し,本音めいたものが出てくるようになった。」という。そうか,これだけ長く続けると,いつまでもソツなく書き繕うことができなくなるのか。ウソっぽい白々しいことばかりは当然続かないし。
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2007年09月28日

歎異

07.9.19-1.jpg  毎月末に宅配便で『同朋新聞』が門徒戸数分送られてくる。その中に分厚い本が1冊入っていた。定価1000円の本が全寺院に配布されたことになる。それを,今までかかって一気に読んだ。同朋会運動の系譜をまとめたもの。同朋会運動を機の深信の実践と熱を込めた筆致に引き込まれた。内容的には,よく先生から語られたものと重なった。けれど,その嘆きは,自分を嘆くものとして聞いていた。
 読み進むうちに,奇妙な感覚に襲われる。なぜ,現下の宗門批判ともいえそうなこの本が宗務総長の序文までがついて,全寺院に無料配布されているのか。
 上山研修の度に,感じることも同じ。宗門の体制を批判するような話が,結構,真宗本廟の同朋会館の中で違和感なく(?)語られる。それって,ヘン。
 僕が初めて同朋会に顔を突っ込んだ時,「これって寺壊し運動だ。」と感じた。でも,その後40年経って,どうなったのか。
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2007年09月27日

散漫な性格

07.9.24-2.jpg  先日の彼岸会法要のワンカット。
 昨日は久しぶりに彦根に車を走らす。復活なった勉強会に出かけた。ところが,途中で眠くなってしまう。「信行一念の釈」を聞きながら,講義が頭の中をすり抜けて胸に届かない。低下した脳ミソで理解しようとするから,余計うなずけない。「そういうものか。」としか分からない。
 二日間の彼岸会法要を終えて,気分がヤレヤレとなっているせいと思う。
 このブログを書いている最中にテレビの天気予報を聞いて,やにわに布団干し作業にかかる。10月1日の晩に学生たち20数名を泊める予定を思い出したのだ。一つのことに集中できない。
 この散漫な性格何とかならんか。
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2007年09月26日

後生たすけたまえ

07.9.25-2.jpg  本当に「暑さ寒さも彼岸まで」だなあと思う。めっきり涼しくなった。
 彼岸会法要を終える。終わって,総代方に片付けをしてもらう。これでスッキリ常の姿に戻った。今度は,11月3,4日の報恩講に向う。
 昨日のお話では,小松教務所の現代語訳でお文の5帖18通を話した。蓮如上人の「阿弥陀如来後生たすけたまえと」を「阿弥陀如来よ,私の人生の意味と生きる値打ちをお示しくださいと」と訳されていること。「我が身の後生のたすからんことの,うれしさを」を「自分の人生がいつも阿弥陀如来とともにあるよろこびを」と訳されていることを話した。
 「後生」,「たすけ」をこう理解することについて考えた。
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2007年09月25日

お文拝読

07.9.24-3.jpg  法要の準備が一通りすむと,今度は「果たしてお参りがあるだろうか。」と不安にかられる。1時間前の太鼓をたたく時には誰もいない本堂で,しきりにそれを思う。でも,30分前に,線香や炭に火をつけるころになると,「ちょと早すぎたかいな。」と手押し車でやってきたばあちゃんを皮切りに,山門前で話し声が聞こえ出す。黒衣五条に着替えて喚鐘を鳴らすころには,沢山のお参りをいただいていることを実感する。一家に二人三人と来ていただいているところもある。有り難い。寺に人が集まること,それだけで嬉しい。
 今年の彼岸会では,拝読するお文を下に現代語訳をつけたものを印刷して配った。少しでも分かりやすくと書かれた蓮如さんのお手紙が,今や現代語訳をつけないと,イヤ,つけても意味不明なのだ。
 お話は,先日なくなったHさんの「ちっとも,エエもんになれん。」のつぶやきを話させていただいた。
 終わって,いつものゴーヤチャンプルで一杯やっていると,報恩講の出講依頼の訪問を受ける。そのていねいなご挨拶に恐縮する。
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2007年09月24日

今日から彼岸会法要

07.9.23.jpg  昨日は彼岸の中日。珍しく日程のぎっしり詰まった一日だった。朝一番に東京から墓参の若い夫婦の訪問を受け,10時から年忌法要,食事をご馳走になって,午後2時から中陰参り。3時から婦人会役員が来てくださって今日からの彼岸会法要の準備と掃除。
 昼に少しビールをご馳走になったせいもあるが夕方にはフラフラになり,何もしたくないと早々に布団にもぐりこんだ。
 今,タイマーで仕掛けていた炊飯器が炊けたことを示すチャイムが鳴った。5合も炊くのはこんな日しかない。一番小さな盛槽で7つの仏供に盛るのだ。お内仏も加えると8つか。
 今日は,机を拭いて,ススキを仏華に継ぎ足して,あっそうだ,マイクの電池もチェックしなきゃ。行事を控えての準備って,ワクワクする。肝心の法話のネタも用意しなきゃ。
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2007年09月23日

御霊!?

07.9.22.jpg  一昨日の晩,パジャマに着替えようとした所で玄関のチャイムが鳴る。出てみると,男が二人。お一人は顔を見知っている人。突然「観音様はいらっしゃいますか?」という。「大昔はあったと聞いていますが,蓮如上人の御教化を受けて真宗寺院となってからは,ない。」と応えると,「お寺だから御霊(みたま)があるはず。」という。「真宗はそんな風にいいませんよ。」と言っても,「とにかく,お参りさせてください。」という。
 ここで追い返しても大人気ないしと,本堂を開ける。
 すると,布のザックから,紙パックのお酒を出し,紙コップに注ぐ。それを前卓に置いて,やおらお経本や数珠を出して,法華経らしいものと般若心経を。輪袈裟には「四国八十八」との字が読める。
 芝居じみているが,顔は真剣。「お告げがあった。」とか「御催促があった。」などとも言っていた。
 それを見ながら,祟りも畏れも知らない「門徒,もの忌み知らず。」を思った。
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2007年09月22日

落差

mikata-1.jpg  施設内処遇と社会内処遇の有機的一体化を称えられて四半世紀以上が経つ。でも,保護観察の現場の経験を持つ保護司さん方の話を聞くと,悲鳴にも似た声になっている。施設面接で会った時と,仮退院後に出会う姿の落差の大きさに戸惑われた保護司さん方のナマの声を聞いてタジタジとなった。そして,施設面接での神妙な姿も偽りではないかとの思いも生まれる。社会復帰後の予後の難しさを身をもって知り,それを嘆く声を聞きながら,矯正悲観論の下地がこんな現場から生まれたのだなあと思う。
 非行を忌み嫌い,排斥する風潮が,こういう善意の人々から生じてしまうのは悲しい。
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2007年09月21日

彼岸の入り

07.9.20.jpg  どなたに会っても,あいさつの言葉が「いつまでも暑いなあ。」となる。本当に,毎日暑い日が続く。いつかは涼しくなってくれると思いながらも,連日の暑さに参ってしまう。
 昨日は,総代が来て打敷を掛けてくださったので,花も活け替えようと挑戦。彼岸会法要が24日,25日なので,それまで持つだろうか。境内のタカノハススキを使う。彼岸会の直前に,つぎ足すつもり。
 今日は,保護司会の研修で少し「家族関係調整指導」をレポートするつもり。単身生活している僕が,親子関係の問題を語るか。
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2007年09月20日

海に背を向ける

07.7.5-3.jpg  突然,Sさんの訪問を受ける。昨年見つけたグンバイヒルガオが,今年はどうかと思って海岸を歩いてきたという。昨年,グンバイヒルガオを教えてくださったS先生で,植生に詳しい。
 コーヒー飲みながらお話をうかがう。豊かな自然に恵まれたこの地について,話しているうちに,「海辺に住む者が海に背を向けて暮らしている。」と。
 そう言えば,先日来訪したキャンピズのメンバーが満天の星に感激していたし,「ここに来るだけで癒される。」との友人の言葉もあった。
 入寺した当初は,朝起きたら一番に海岸を散歩したこともあったのに,今は,この恵まれた自然に,何も感じなくなってしまっている。
 湯船から海に沈む夕日を眺められる温泉が日常なんて。錆付いた感性が問題だ。
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2007年09月18日

結構来てる

yasuragi.jpg  いつもの日帰り温泉。受付で料金を払おうとすると,「スタンプは?」「いいえ,やってません。」「やりなさいよ。結構来てるし。」
 エッと思う。覚えられているんだ。そうか,いつも一人で入りにくる坊主頭の変なオッサン(おじじ)だから,覚えられているのか。
 そうか,そういえば週一回ぐらいは来てるか。
 どうして,この温泉が気に入っているのか。浴槽から見える山並みの景色も,ちょっと熱めの温泉も気に入っている。それと,やはり昔の銭湯の番台風の応対か。近頃はどこだってマニュアルに書いてあるとおりの言葉しか返ってこない。だから,ここの応対は田舎っぽくって,安心感みたいなものにホッとする。
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2007年09月17日

スケジュール

07.9.11-2.jpg  昨日は,出身の寺での彼岸会のお手伝いに。夜は跳んで帰って,敦賀組内での勉強会に出席。夕食が取れなかったから,ちょっと屋台のラーメンを食べて帰る。夜の道路沿いに並んでいる屋台は,敦賀名物でもある。
 彼岸会のお手伝いでは,よく存じ上げている先生のお話を聞く。終わって片付けを手伝っていると,90歳を越えているTさん「獅子吼の説法だった。」とお話の感想を。先生のお話もすごかったけれど,Tさんの言葉にも感銘を受けた。
 今日は,Hばあちゃんの二七日の中陰参り。本当は毎日曜日が中陰なのだけれど,変更していただいた。しばらくは,毎日曜日を軸にスケジュールが埋まる。
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2007年09月16日

辛いピーマン

07.9.14-4.jpg  野菜炒め。色々やってみたけれど,塩コショウが一番おいしいと思えるような気がする。細長いピーマンの辛いこと半端じゃない。一口食べた後,「からい」「からい」と走り回る。
 昨日一日,Hさんの「ちっとも エエもんになれん。」のひと言が,頭を離れなかった。そして,エエもんになれない嘆きから,おまかせするまでの距離の遠さをしきりに思う。アクセクしてみても,結局気休めにしかならん。けれど,何かせずにはおられない。自分の力で何ともならんのに何とかしようとする。すべてお与えなんだけれど。
 高血圧から生じていると思われる首筋と肩こりを解消しようと日帰り温泉に行く。
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2007年09月15日

覇権争い

07.9.14-1.jpg  プロ野球も大相撲にも興味をなくして久しい。それがこの数日間,政争関係の記事を探して読み,テレビのチャンネルを合わせた。自分はどうしてこんなに熱心なんだろうと自問自答しながら。選挙ほど面白いゲームはないと聞いたことはあるけれど,そうなんだろうか。そのゲームも終わってしまって,今の自分は正直「つまんない。」という感触しかもてない。
 覇権争いは,家庭内にもあるし,色んな組織に入ると必ずその争いを見てしまう。その極地が政界なのだろうか。現職時代それに血が騒ぐ思いをして,降りた。
 色んな大義を持ち出しながら,底辺に感情論が渦巻いていた。厭いながらも自分の血のなかに,覇権争い大好き体質が巣食っている。
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2007年09月14日

やっと紹介状

07.9.13.jpg  7月下旬から始めた高血圧治療。当初から,検査して近くの町医者を紹介しますと言われ,通った。治療というより検査・検査の2ヶ月だった。「単純な高血圧症ですね。」と言われるまでに,毎日の血圧を表にしたり,薬を飲んで副作用がないか見るための(?)血液検査だったり。待合室で名前を呼ばれるのをジッと待つ日々だった。当たり前だけれど,何か病を得た人たちと一緒にベンチに座る。座っているだけで,次第に自分もその中の一人と納得するようになる。それにしても,今の医療はパソコンを駆使してのデーター重視の医療だなあを実感した。医師は専らモニターを眺め,手はキーボードとマウスから離さない。そんな診察が当たり前の時代なのかと思う。
 検査結果の数値を見て,「特に問題ないですね。」に安心する自分も何だか情けない。
 
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2007年09月13日

セカンド

07.9.12.jpg  今年も,まずMさんから新米が届く。嬉しい。ありがたい。今朝のお仏供は,このお米を焚こう。
 現職時代,施設長としてトップに立ったのはわずか5年。次長・室長というブレーンやトップの補佐役としてセカンドのポストをほぼ10年もしてきた。施設長の意向を汲んで,ほとんど意に沿わない仕事をして,ひたすらトップの顔色をうかがいながらその手足として過ごしてきた。
 わずか5年の施設長生活で,4人の次長とつきあった。そして,いつも次長によって、こうも違うものかと思ったものだ。決断も責任も無論トップのものだけれど,成否は実はセカンド次第なのだ。
 「仕事をするな。そうしないと円満な定年はない。」と言われ,憤然として辞表を書いた。慕ってくれた部下からは,敵前逃亡するのですかと泣かれた。でも,辞表提出で安堵する空気も感じた。「投げ出すのか。」と非難されること,無責任と言われることに,何ともいえぬ感慨をもった。
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2007年09月12日

退路を断つ

07.6.1-2.jpg  新聞に,首相の言葉「職を賭す」の活字が躍っている。確か参議院選挙前に野党の党首も,この選挙に負ければ議員を辞めると言っていたことを思い出す。政治家はこの手の宣言が好きなのか。それだけインパクトのある言葉なのだろう。
 役人稼業が長かったから,保身に明け暮れる生活に嫌気がさしていた。でも,ルビコン川をずうと渡らず年金がもらえるほど続けてしまった。
 先日見たテレビ。小澤征爾とヨーヨ・マの会話を思い出す。日本で演奏活動をするには,「協調性」を大事にして,何も言わないことが求められると。苦いものを飲み込んでいるのだろうか。
 入寺して住職の立場を得て,自分の今の言動は何だろう。今の立場を守るためには,何でもする。仏に背くというのは,そういうことなんだろう。
 先日亡くなった先生の寺から学習会の再開を告げるハガキが届いた。「仏法を聞くことは,住職の大きな願いでございました。」この一文に触れる。「仏法を気休めに聞いとるんじゃない。」という声が聞こえてきそうだ。
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2007年09月11日

余命

07.1.26-4.jpg  当然といえばそのとおりなのだが,葬儀に参列することが多い。そのほとんどはフギンといって導師の隣で読経するのだが,この間のように自分が導師を勤めることもある。
 亡き人の人生や遺族の悲しみを身近に感じることになる。突然の病に倒れた人,長い患いの末に命終された人。それぞれの人生を考えさせられる。
 希望どおり寺に入り,やさしい門徒さんたちに囲まれて生活する今の自分に何の不満もない。けれど,これを失うことへの不安はある。あと何年か。10年いやもっと短いかもしれない。病を得たら,たちまちにこの生活は破綻する。困難な事態に直面したらどうするのか。今を突っ走っているだけではないのか。今が幸せというのは,それをなくす不安に悩まされることか。
 
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2007年09月10日

師と弟子

07.9.9.jpg  『小澤征爾スペシャル』というテレビ番組を録画して見た。野性味あふれたやんちゃ男というイメージから,今の巨匠とまでいわれるようになった男が今年で72歳を迎えたという。インタビューの中で,日本に帰ろうと思っていた時に井上靖に励まされたこと。師匠に恵まれたといい。「カラヤン,バーンスタインのマネをしない。彼らの人間性を学ぶんだ。」と語る。
 N響のボイコット事件を,今になってヨカッタと思えると語る。あの時は,随分傷ついて,もう日本では振らないとまで決心していたと述懐する。振り出したときは,岩城(宏之)君なんかに後れを取っていたとも。今だから語れることもあるのだろう。苦い思いや傷ついた心をバネにして今の熱い演奏があるんだとしきりに思う。芸術家の修羅場みたいなものすごさも感じ入ってしまった。彼には指揮者という絶対の目標があるのだなあとしきりに思う。これはただ事ではない。
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2007年09月09日

あのう,タバコ?

07.9.8-2.jpg  福井市街までちょうど1時間。駅前にしゃれたビルがある。1階から3階まで「商業施設」という標識がある公共施設。専門店街の上に図書館などの公共施設が乗っている奇妙なビル。タバコを吸いたくて,喫茶室の入口で「あのう,タバコ吸えますか?」と聞く。応対に出たマスターらしき店員がにこやかに「こちらへどうぞ」と案内してくれる。そのひと言で救われたような気分になる。
 この頃,タバコが吸いたいと言うと,断られるか,「喫煙席は,あっちです。」などと目を合わせようともしないで他人行儀な返事が返ってくるのが常だ。顔を見てにこやかに応対してもらえる。たった,それだけのことが近頃は望めなくなった。
 ある少年院からOB会の案内状が届く。とたんに当時一緒に勤務した人たちのことを思い出す。案内状を素直に嬉しいと思う。OB会の事務を公務ではないからと,あちこちでOB会を廃止してしまった施設も多い。「退職者」という立場になって,感じるものもある。
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2007年09月08日

おショウネ入れ

07.9.7.jpg  昨晩は定例の婦人会のお勤めの稽古日。いつもの顔ぶれが揃う。
 最近,仏壇を新調されたり,洗濯されたり,お墓を移転される方などが続き,いわゆる「お精入れ」「お精抜き」と言われることについて考えてみた。真宗門徒にとっては,ここは避けてはとおれないという思いもあった。この数ヶ月お内仏の給仕などについて語り合ってきた延長線でもある。
 メンバーは,図らずも門徒の家に嫁に来て,何十年。いわゆる跡取りと結婚した人たちや,跡継ぎのため婿取りした人たち。たまたま真宗門徒の家に嫁いできた。この過疎の地に踏みとどまっているのは,先祖からの伝来の家や土地を守ることを課せられてきた人たちなのだ。そして先祖からの寺を守ることを命題とされる方々なのだ。
 仏壇やお墓が先祖供養でなく法義相続なんですと,いくら声をからしてもムリなような気もする。でも,入寺して2年。勇気を出して親しくなったことに甘えて,自分の思いを吐き出す。伝統やシガラミで守られている寺の中で,それを否定するような言動が許されるのか。
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2007年09月07日

水濡れ

07.9.6.jpg  汗まみれになった白衣(はくえ),自分で洗うのが面倒とスーパーの中のいつものクリーニング取次ぎに持って行く。「あのう,水濡れのものは乾いてからじゃないと受け付けられません。」「えっ!汗かいているだけなんだけど。」いつもの店員さんだったら,黙って受け付けてもらえたような気もする。仕方ないから別のスーパーに持って行く。白衣って特殊だから店によって値段も随分違うような気がする。仕上がりを見て,これからを考えよう。
 いつものスーパーと違って,買い物した後レジに長い行列。それだけ集客力があるということか。混みあう店って,何だかイヤ。
 
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2007年09月06日

酒席

07.9.5-2.jpg  宅配便で焼酎が届く。ある先生からの贈り物。この頃イモばかり飲んでいると言っていたことを覚えておられたのだ。嬉しい。
 昨日はHばあちゃんの葬儀。還骨法要のあと,「仕上げ」と称する宴席に座る。この村は地縁というより血縁でのつながりも濃いから,宴席に座る親戚の半数が顔見知りの人たちということになる。上座の正面に座るのも当たり前のようになっている。迷わず上座に座ってしまう。そして僕の両脇が何と前の責役の二人。久しぶりに酌み交わすが,「酒を飲んでもいいが,正体なくしたり,ヨソの村の人に迷惑をかけてはいかん。」などと釘もさされてしまう。
 汗びっしょりでお勤めした。その後の冷たいビール,何とおいしかったこと。
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2007年09月05日

血圧計

07.9.5-1.jpg  このところ,朝晩,血圧を測っている。今朝もやや高めか。
 昨日,あるところで中学生の作文を読む。達意の文章で才気があふれている文を読みながら,「きっと,この子って頭がよくって,学級内でも元気に立ち振舞っているだろうなあ。優等生だな。」などと思う。一方で,自分の身のまわりのことを,素朴なタッチで語っている文章が心に残る。クラスの中で上手に立ち回ることは出来なくても,しっかりとした視点で自分を見つめる文体を好感を持って読む。
 クラスで人気者になったり,うまく立ち回ることが優先される風潮を苦々しく思っている自分の心情が,そう思わせるのだろう。
 あちこちで角が立ったり,ドジ,のろまと言われながら生きることにも目線を向けて生きて行きたい。
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2007年09月04日

エエもんになれん

07.9.3-2.jpg  昨日亡くなったHばあちゃんの一言が思い出される。定例の婦人会のお勤めのお稽古の日,雑談の中で,「(こんなに寺に通っても)ちっともエエもんになれん。」とポツリひと言。その言葉を,自分の業の深さを嘆く言葉と聞いた。そして,エエもんになりたいというHばあちゃんの気持ちが分かったような気がした。「自慢じゃないが,若いころは寺なんて全く来たことはなかった。」と語っていたばあちゃんが,一番熱心に寺通いをしてくださった。そして,毎日,お内仏でお勤めをしているという言葉どおり,正信偈も上手に上げられるようになっていました。今夜はそのばあちゃんのお通夜です。
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2007年09月03日

法衣鞄

07.9.3.jpg  通常の法事だと,鞄が大きすぎて,つい風呂敷に法衣をつつんでお参りしていたが,法衣を粗末に扱ってるようで,小さめの鞄を欲しいなあと前から思っていた。
 今朝,6時過ぎ玄関のチャイムで目を覚ます。パジャマのまま出てみると,お世話になっていたHばあちゃんの訃報だった。実は,今日,病院へお見舞いに行く約束をしていたところだった。
 枕経にこの鞄に法衣を入れる。まさか,この鞄が早速役に立つとは。
 僕が入寺した時から親しくしていただいた。常にハッキリものを言う方だったから,知らぬことなど何でも聞くことが出来たし,甘えることも出来た。教えられることが多かった。知らぬ間に境内の草むしりなどもしてくださった。有り難うございました。
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2007年09月02日

旧国鉄北陸線

07.8.30-2.jpg  1日から4日まで『敦賀まつり』だ。小中学校も休みになるという。この間,市内随所が通行止めになる。これでは,市内に買い物に行きにくいなあと,北陸トンネル完成で廃線となった旧国鉄北陸線を走る。敦賀から今庄までトンネルが10以上あって,スイッチバックもあった。それを歩くウオークラリーというイベントもあるという。
 これまで,杉津から葉原に抜ける道は,日帰り温泉に行くため結構走ったが,今庄まで走ったのは初めて。新緑の静寂を走る。高橋治の小説にもあったような気がするが,記憶違いか。
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2007年09月01日

雲輪

07.8.31.jpg  平きんの下におく台,雲輪がないのがずうと気になっていた。今までないまま過ごしてきたが,毎日のお勤めことだし買い求めた。
 昨晩,なつかしい中学の同級生から電話がある。定年後,ハローワークに通っているけれど,仕事がないという。いろんな人の名前が出るが,みな定年を迎えた後どう生活しているだろうか。「会いたいなあ。」などと語り合ううち,高雲寺に集まるアイデアも出た。実現するかどうか。
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