あちこちが梅雨明けというのに,我が北陸地方だけが梅雨があけない。それでも,一瞬の晴れ間に海水浴客が早速やって来る。ここは波打ちぎわまで車が乗り入れられる人気の海水浴場だ。それを見て,何人かに「海水浴に来ませんか?」とメールする。それぞれが色んな予定があるのだろう。誘っては先方に負担感を持たせるだけかとも思ってしまう。村の中で天気の話をすると,「8月にならないと梅雨はあけないのでは。」などと言われる。
さて,涼しい朝のうちに庭の草取りでもするか。蚊にやられるだろうな。長袖に蚊取り線香も持参して頑張るか。
Hばあちゃんの病室を見舞う。見舞いというより,出来立ての寺報を持参し,雑談するのが月末の目標になった。気のおけない雑談をしている間に,突然,「人の情けにふれた。」とHばあちゃんが泣いた。気丈なことで知られるこのばあちゃんの涙におどろいて言葉を失った。「あんたが,そんなこと言って泣くなんて。」と返すのが精一杯。
建具屋さんが来てくれて,本堂の入口に3枚の網戸が入った。仏教婦人会の寄贈だ。嬉しい。これで夏の間の勉強会や法要に,蚊に悩まされることなくなった。来月は,学生たちが本堂に宿泊するけれど強い味方だ。寺を盛り立てようとするみなさん方の気持ちが嬉しい。
責役から豚肉のパックをいただく。そうだ豚汁を作ろうと思いつく。カボチャ,人参,玉ねぎ,それに豆腐。最後にミョウガをつけて出来上がり。豆腐以外はすべて,いただいたものばかり。ごった煮のような豚汁になったけれど,おいしいおいしい。
花言葉。「遠く過ぎ去った愛」らしい。
走りなれた林道。初めのころはこの道を走るのがイヤだった。でも,今は新緑の林の中を窓を開けて走る。
咲き終わって枯れかかったあじさいの花が気になり,枯れた花を切り取ることを考えた。ネットで調べると,葉を1〜2枚残して剪定してよいとあったので,剪定に挑戦。馴れないからこれでいいのかどうか分からない。
昨日,森林文化の専門学校の先生の来訪を受ける。10月に来訪予定の下見を兼ねて来られた。学校紹介のパンフに「森林と人の共生を目指して」とある。飛騨高山で生を受けながら,森林のことをきちんと学んだことはない。学生たちや先生方からいろいろ学びたい。山林が荒れてきていることを言われるようになって久しい。そんな問題に将来を託そうとする学生たちを見てみたいという気持ちもある。
今度来る学生たちのキャンプに,おばあちゃんに「手伝って。」と誘う。すると,「私みたいな年寄りが。」と断ろうとするので,「そんなバカな。」と言い返す。歳を取っていることを卑下する言葉に参ってしまう。
昼顔。前回アップしたのは,6月14日。1ヶ月でおどろくほど成長した。確実に背丈を伸ばすから気持ちがいい。
時折,自分は何をやっているんだろうと思うことがある。そのウラで,自分の言動を何とか意味づけしようという魂胆がある。「価値ある自分」を追い求め続けていたことを止めたつもりなのだけれど,自分を正当化したり,意義付けをしないと落ち着けない。
ムクゲ(2年前に移植した。元気に根付いて花をつけてくれた。)
昨晩,ある学習会での雑談。台風に昔は英語で女性の名前が付けられていた。そんな話から,どうして,そんな可愛らしい名を付けるのか。いや,女性が怒りだしたら,並みの台風どころではない,などと軽口を。
台風でキャンプは中止になったのだけれど,8月のキャンプの下見に教授と学生(プログラムディレクターというらしい。)が来訪。写真は海岸を下見しているお二人。
収穫前の夏みかん
少し働くだけでも,汗いっぱいになる。梅雨のこの時期は,何をしても不快な感覚が残る。汗まみれになりながら,「なぜ,こんなことしているんだろう。」と思う。
先日,ブログでキャンプファイアーのための薪を作っていると書いたら,早速電話が。「薪あげる。」と。こんなところにブログの効用があるのだ。それで早速いただきに走る。去年の塩作りで薪集めの大変さを知っているから,これはありがたい。軽四の後部座席に限界まで積み込む。
ねじり花(手前はホトトギス)
今年も大阪の学生ボランティアグループ「キャンピズ」がやってくる。まず,今週の14,15日に第一回目。来月の9,10日に2回目の来訪。昨年も2回受け入れたが,障害者と一緒にキャンプを楽しむ,学生たちのさわやかさに感心した。
家庭の教育力を高めることをねらいとした集い,「はぐくみの会」2回目に出席する。前回に引き続き話題提供役を引き受ける。前回の固い雰囲気が気になり,どう進行しようかと悩んだ。前回の不調に,今回は,連続しての出席は少ないのではと心配していたが,4〜5人のお母さんが続けて来てくださった。そして初めての方も。都合,8人ほどのお母さん,2人のお父さん。3人のおばあちゃんの出席を得て,おしゃべり。
今年も山門前のヤマモモが赤い実をつけた。まず,ヒヨ(ムクドリか?)がやってきて熟れた実をついばむ。枝をゆらすからパラパラと実が落ちてしまう。それをアリたちが群がる。これは大変と早速収穫を始めることにした。まず,下にシートを広げ,脚立に乗って一粒一粒つまむ。そうすると,つまんでない熟れた実が落ちる。アリが来る前にそれを拾う。
梅雨となると,境内に雑草が目立つ時期なのだ。そして,寺に住むようになって気づくのは,いわゆる物乞いの人の来訪が多いということ。
離れの戸袋。スチールだから長年の潮風で赤錆だらけになっていた。入寺したときからそうだったから,「そんなもんだろう。」と気にもしていなかった。昨日,O総代が錆落としのヤスリを持ってきて,「前からこの錆が苦になってしょうがなかった。」と。言われてみれば,なるほど,そのとおり。
寺の山門前の道路が狭く,軽四しか通ることができない。それで隣家の方のご好意で普通車も入れるよう道を拡幅する工事が始まっている。ありがたい。これが完成すれば,車での来訪者が随分便利になる。
朝,5時に目覚ましをセットして,別院の暁天講座にお参りに行く。本堂に入ってまずビックリ。こんなに朝早いのに,沢山の人が一杯座っている。かって,若いころ別の別院の暁天講座にお参りしたことがあったけれど,ほんのわずかな人がまばらに座っていらっしゃったことが記憶にある。けれど,こんなに多くの人が座っているのを見たことはない。すごいなあと思う。 そして,ご講師のていねいなお話がとてもよかった。
「共感的理解」などというカウンセリングの用語を使ったから,余計に分かりにくかったかもしれない。自分が健全でノーマルで優秀だという座にいるかぎり,共感はできない。自分自身がどんな志を持っているか。ウロウロしているのは非行少年だけではない。「お前もか!」と心の中で握手できたときが共感できたときではないか。そんなことをしゃべったつもり。
7月に入った。今日は梅雨の晴れ間。午前中は奉仕活動で,集落の清掃作業。午後は社明運動。昨晩は遅くまである会合に出る。普段は何も予定がないのに,時にこういう風に予定が集中する。