一つの講座で花瓶が30。ということは,4回で120。今月,長浜教区内で120カ寺で同じような仏華が飾られたということか。材料などが同じなら同じような仏華が出来たはず。でも,僕のような不器用な者もいるから,同じでは決してないだろう。そう思いながらも,本堂内陣の写真をアップしたくなってしまう。何かの手違いでアセビの葉が足らなくなりドジな僕はその花材をもらうことができなかった。境内にある似た様な葉を挿して一応完成。一日中,水なしで活けていたのだが,今朝には随分,水が減っていたから吸ってくれたんだろうな。
実は,昨晩も長浜へ。声明の勉強会に出かけた。ところが19時過ぎ,インターを降りた途端,携帯が鳴る。地元の小中学校の教頭先生からだ。会合に現れないからと電話をもらう。「明日だと思い込んでいた。」と弁解したけれど,このごろ約束の日程をしくじることがある。認知症の前兆か。
声明の勉強会も多数の参加者。こんなにも沢山の方々が学ぼうとしているんだと,驚く。初心者の僕には少し難しかった。
昨日は,長浜別院に行って終日,仏華の講習を受けてきた。主催者によると当初1回を考えていたものが,すごい人気で申込みが多く,講習を4回に分けたとのことだ。本堂に座机が30並び,そこに花瓶一つごとに座る。顔見知りの住職方のほかに坊守と思われる人や門徒さん方もおられた。寺によっては,門徒さんが仏華を活けていることを知る。
この写真は昨日の朝。霧のように視界をさえぎる黄砂。洗濯物を干せないとの話も聞く。午後からは,折からの強風もあってか,分からなくなり,今日は昨日のことがウソのように空は澄み切っている。
昨晩は,仏教婦人会の定期総会。何と欠席者はわずか3名という出席率。このすごい組織力に驚くほかはない。
昨日一日,ポッカリ空いてしまった一日。雨も降っているし,本を読もうとして気力が続かない。グダグダと色んなことを考える。そして,これからのことも。
物置をのぞいていたら,竹で編んだ板が出てきた。昔,養蚕か何かで使っていたものか。「これは何かツル性のものを這わせることができる。」と思いつく。2枚をくっつけてこのとおり完成。それから園芸店に走る。昼顔を買おうと思ったのだ。かって官舎のフェンスに昼顔を這わせたことを思い出したのだ。そして,種苗用の土も買って,まず苗作り。タネを植えて昨日の作業はおしまい。でも,手順が違うか。
今年も睡蓮咲きました。当然のことながら,午前中に花を開き夕方つぼみます。この写真は昨日の午後4時。向こうに見えるのは,メダカの鉢。カエルが侵入して泳いでいるので,フタをしました。物置にあったフルイを乗せました。
昨日の朝から大工さんが入って,本堂の床の修繕をしてくださる。見る間に基礎が完成し,夕方にはこの写真まで作業が進みました。あらかじめ用意した材料と工具を順々に使う。手際のよさを目の当たりにしてプロの職人技に感嘆する。少し,手伝ったが指示の的確さ,動きの無駄のなさ,どうしたら手順よく作業が進むかを常に頭においておられる様子が分かる。僕は思いつきで,見境なく動くことが多いが,段取り八分とは,よく言ったものだ。
本堂の参詣席。床の修繕のために,ネタなどを取り外し,今日から大工さんが入ります。昨日は,材料の搬入などが行われました。当然ながら太い材を使うから,重いことこの上ない。進入路が狭いから,総代と二人で本堂まで運びました。おかげで,今朝は,腰や脚がだるい。
大阪にいたころ,毎月の同朋会でお話を聞いていた先生の寺に招かれ,今度は僕が永代経法話。僕のことをよく知っておられる方々を前に,近況を報告したが,今更のように自分の薄っぺらな信心を吐露せざるを得なかった。
昨日,出身の彦根の寺へ行ってきた。奈良在住の鎌田薫さん制作による特大の仏画を展示するのを手伝う。鎌田さんは,数年前,西安からシルクロードを旅行されたという。ちょうど,昨年僕が旅行したシルクロードとほぼ重なる旅行だ。その玄奘三蔵の西域を目指す御苦労の旅を布に描かれた。
昨日,いただいてきたポスター。今年の社明運動のコピーだ。「うーん。」うなってしまう。見事だ。余計な解説や説明はいらない。むしろ,ない方がいいのでは。どこか広告代理店の専門家が考えたコピーなんだろう。
確か東京の少年鑑別所勤務時代に購入して,鉢で持ち運んでいた。それを,一昨年入寺した際に庭に地植えした。昨年はこんなには咲かなかった。2年経ってようやく,ここに根付いたような気がする。
すごい風の音と建具のきしむ音で目が覚めてしまった。今,3時半。こんな真夜中に目が覚めて,どうしょうもない。
大工さんの手間を少しでも減らそうと,大工さんの指示を受けながら,責役二人と一緒に本堂の畳10枚分ほど,板を外す作業をしている。
先日,友人宅にお邪魔したら,家族でお好み焼きを。その席に混ぜていただいて食べた。おいしかった。僕はこれまで,お好み焼きは店で食べるものとなぜか決め込んでいた。冷凍をチンして食べたことはあったけれど,全くおいしくなかった。
責役二人に来ていただいて,本堂の畳の下の板をめくる作業をしていただいた。すると,床の下から古銭が出てきた。10円玉のように見えても,そうではない。いつの時代のおコインか分からない。一つだけ,寛永通宝かなと思える古銭が。
裏の畑の雑草が茂っている。先月も前の総代が知らぬ間に刈ってくださっていた。昨年一年間,いつも,誰か寺の役員が知らぬ間にきれいに刈り取ってくださっていた。申し訳ないと思いながら,刈払い機がないからと甘えていた。昨日,ホームセンターで値段を見ているうちに衝動買いした。少年院に勤務していたころは,よく使っていた。さすがに幹部になってからは,官舎の草刈りぐらいしか使ってはいなかったが。
本堂の参詣席。ある特定の場所に立つと畳がフワフワとする。総代が集まって,畳をめくることになりました。開けてみると,ネタの部分がシロアリの被害にあっている。木材が紙のようになって触るとポロポロ落ちてしまう。誰かが,「製材しないでチョウナで削ったままを材に使っている。」と驚くように指さす。この寺が,この地に移転改築されたのが宝暦12年(1762年)だから,そのころの大工の仕事がそのまま残っているのだろう。そして,随所で新しい板もある。こんな風に,折に触れ,修理し維持されてきたのだろう。
キヌサヤエンドウ,ほうれん草をいただいた。それに茹でたての筍も。筍は水に浸し,キヌサヤの卵とじ,ほうれん草は例のエゴマでいただく。
湖西線に乗っていつも思う。大きな屋根の寺院らしい建物が車窓から途切れることがない。時には2つ3つの寺が同時に見えることもある。琵琶湖のまわりには本当にお寺が多い。そのほとんどが真宗寺院ではないかとも思う。蓮如上人の時代には,琵琶湖が有力な交通手段だったこともあるのだろう。そして,田植えの時期に気になるのは休耕田というか放棄された荒れた田んぼだ。田植えの済んだきれいな風景との落差が気になる。
今年も,勝手口の前にカーラーが咲きました。
境内の草抜きをしていたら,砂利の中から小さなビオラがあちこちに芽を出して,花を咲かせている。去年プランターで育てていたビオラの種が境内の砂利に広まっていたのだ。しかも,どれも小さいまま花を咲かせている。たくまずして知らぬ間にこんなことが起こる。こんな風にして植物は子孫を残そうとするのか。
昨日,来訪してくれた友人を見送り,テレビをつけたら「エリーゼのために」が流れている。「ぴあのピア」の特集番組をやっていたのだ。
昨晩泊まりにきてくれた学生時代の友人を誘って鯖江市の西山公園を訪れる。ちょっと早い目にお朝事を済ませ,朝食もそこそこに鯖江に向う。9時前には到着したのだけれど,最早駐車場に車があふれている。ツツジが満開だった。ツツジの色んな色に埋まりながら,公園内を散策。山ひとつが公園という感じでアップダウンが相当厳しい。
今年も,イチハツが咲いてくれました。本堂前のツツジも咲き出した。
「お茶しない?」という会話から,新幹線に乗る。イヤーホンで,一昨日聞いたモーツアルトのピアノコンチェルト21番を聴きながら,読書。GWなのに往路はガラガラだったこともあるけれど,こんなに集中して本が読めるとは思わなかった。昼食はわずかな時間だったけれど,往復の車中で不思議なほど本にのめり込むことができた。