ヤマブキが咲いていた。一人暮らしをしていると,日常生活は,誰かのために何かをするということは少なく,自分勝手に気ままに時間を使う。
特に,カレンダーに空白な日は,朝から「今日は何をしよう?」と考えることから始まる。入寺当初は,そのことってとても幸せな感覚だった。長年の宮仕えから解放されて,何をしようかと考えることの幸せ感みたいなものがあったように思う。
ところが,この頃は,頼りないことこの上ない感じなのだ。何をしてもいい,何もしなくていい,気ままが許される生活は,すべて自分のために費やす時間なのだ。それって,張り合いがない。
誰かのために,何かの行事のためにという名目は,元気をくれるし,目標になる。実際は自分のためなのかもしれないけれど,「誰かのために」は,単純明快だ。
電話やメールでの交流は,相手の人のことをしきりに考えるという贈り物となって,しばらくのあたたかみをいただけるようだ。
敦賀の観光スポットとして,西福寺がよく挙げられるものの,実は行ったことがなかった。昨日,行ってきた。浄土宗のお寺だ。木魚が沢山並べてあって,同じ淨土系とはいえ,真宗の寺とは雰囲気が全く違う。瓦の寄付や,修理に対する寄付依頼の張り紙があちこちにある。寺の管理には寄付がつきものだなあと,今更ながら考えてしまう。
歳のせいなのだが,夜中にトイレに立った後,再び直ぐに眠り込むときもあるのだが,最近,眠られず,「眠い眠い」と,うなりながらベッドにゴロゴロ。あきらめてテレビを付けることも。そこで,ボーッとした朝を迎えることになる。
ノースポール。好きな花の一つ。
昨日の「ぴあのピア」。ベートーベンはかなりの悪筆だったという。「テレーゼ」と書いたのだが,「エリーゼのために」と読まれてしまったのだという。あの苦虫をかみつぶしたようなベートーベンが20歳も年下のテレーゼに求婚して,書き上げたのがこの曲だという。僕の知る限りベートーベンの肖像画には笑顔がない。それなのに,こんなロマンチックな曲を作ったのか。
毎年,3月の最終日曜日,村中総出で流れ着いたゴミを拾う。あいにくの雨降り。ゴミを拾って,道路に運ぶ。ほとんどが僕より年長の方々ばかり。その中を黙々とゴミを拾い続ける。3時間でキレイになりました。終わりころには,ヘトヘト。疲れました。
彼岸会法要終わる。昨日は,昼だったからか,雨の中を隣寺のご門徒さんも何人かお参りに来てくださった。席が後ろから埋まって,最前列は空席。前列から埋まる時代がいつかくるのだろうか。
夜7時からだったのだけれど,予想外に沢山のお参り。20戸の門徒戸数で約20人のお参り。これって,信じられない人数。盛り立ててくださっていると,しきりに思う。
先日,イチローが記録達成のために,ストレスに向き合いながらもそれを乗り越える話をインタビューで語っていた。目標を立て,それにストイックに戦う姿をまぶしい思いで見つめた。話題の「ドリームガールズ」などは,いわゆるアメリカンドリームの典型だろう。今朝は,あるタレントが「仏門に入り修行」と報じられている。夢や目標に向って努力する姿は美しいとされている。
去年一年間は,毎朝,「毎日モーツアルト」を録画していた。いま,夕方に「ぴあのピア」という10分番組が毎日放映されていることを知った。先週から録画も始めた。ベートーベンのピアノ・ソナタを放送している。また,はまりそうな予感が。
外出するときは,郵便受けに携帯番号をぶら下げる。
花屋に予約していたレンギョウを活ける。裏庭のハランとシラカケをと考えていたが,シラカケだけで花瓶が一杯になってしまった。我流だから,うまく活けられない。来月の長浜での講習を楽しみにしている。
長浜インター近くまで来たところで,追い越し車線をこちらに逆走してくる乗用車を発見。僕の前を走るトラックなどがあわてて走行車線に逃げる。手に汗かきながら,見送ったが,随分スピードも出ていた。きっと運転者は,自分が逆走していることに気付いていないだろうな。どうしてこんなことが起こるのか。ICで誤って,出口に向かう車線に逆に進入したんだろうか。幸い北陸道は空いているから,気づいた時点でUターンすれば済むのだが,どうなっただろう。交通事故の新聞記事などで,こういうことってあることは知っていたが,まさか本当に目にしてしまうとは。
マナという名の菜っ葉。昨日,Mばあちゃんからいただいた。菜の花の菜ではないという。敦賀特産の野菜のようだ。教えられたとおり,エゴマのお浸しにして食べる。シャキシャキした食感は確かに菜の花とは違う。そうだ,子どものころ,飛騨高山で食べた「折菜(おりな)」の食感だ。うまい。
いつもトラックなどがあふれている8号線に,車が全くいない。土砂くずれで通行止めとなったせいだ。奇妙な感覚に襲われた。シーンと静まりかわった8号線に身を置くと,なんだか不安感のようなものも。
2年前の某所。HDDに残っていた写真をアップする。
今年一番と思えるような寒波。途中暖かかったから余計に身にしみる。コタツにもぐりこんで本を読んだりテレビ見たり,録画してあったものを再生したり。何もすることがないというのもやっかいだ。パソコンショップからの修理完了の電話を待つが1週間たっても連絡がない。便所の汲み取りも依頼しているがこの寒波が緩むまで来ないだろうなどと思いをめぐらす。心待ちにしている電話って,本当にかかってこないものだなあ,と思う。
分厚い名簿が郵便受けに。何でこんなもの注文したんだろう。注文したことすら忘れていた。
昨日,思い切って夏タイヤに履き替えた。昨年に懲りて早々からスタッドレスにしたのだけれど,ひたすら雪のない道を走り続けた。しかし,天気予報を見ると明日は雪だ。見極めは難しい。
昨日,地元の小中学校の卒業式に出席してきた。広い体育館に何台もストーブが置かれていたが,それでも寒く,震えながら座っていた。
一昨日,教えていただいた山辺・赤沼の『教行信証講義』から。
新聞には「桜,記録的早咲き?」と暖冬を報じるのに,今年一番と言えそうな雪ぶり。夏タイヤに履き替えようと思った矢先の寒波。この数日の暖かさが逆にこの寒さが身にしみる。
数日前,地元の小中学校でお父さんお母さんとおしゃべりする機会を得た。「抱きしめられたい子供たち」というテーマで話した。しかし,お父さんお母さんの関心事は,親子関係よりも学校での生活だった。
夕べは定例の婦人会のお勤めの稽古。いつもの顔10人が集まった。
一昨日の「朝焼け」に厳しいお叱りのコメントを頂戴した。そして,昨日の分にもいろんな方のコメントをいただいた。昨日一日,このコメントをどう受け止めるか頭がグルグルになってしまった。「よい人に見られようとする心が露呈」は,まったくその通りで図星のご指摘でした。
東大寺のお水取りに関係する「お水送り」なる行事が小浜であることをテレビで知り,車を走らせる。
今朝の東の山を写す。
大過なくと書きたいけれど,初っ端に桧扇を落としたり,念仏の発声箇所をミスったり。本当に申し訳ない。喉もむせて何度か声を詰まらせてしまった。