2007年01月31日

ぐうたら生活

07.1.30-2.jpg  夜6時の下校見守り以外に何の予定もない日々が続くと,ついぐうたら生活になってしまう。昨日は,仏華の活けかえと本堂の掃除を自分に課した。冬は花もちがよくて,実は正月の花を昨日まで活けっ放しだったのだ。さすがに菊は花が開き,葉も枯れている。
 そして,「高雲寺便り」2月号をプリントアウトして配った。
 今朝も雨。随分暖かい。天気予報によると明日からは雪が降るというが,本当だろうかと思ってしまう。
 31日の先生の日々法語は,「倒れることによって 起(た)ちあがる力をいただく」だ。よくおっしゃっていた言葉だ。
 本当は自信家で我も強い僕は,倒れることばかりをおそれて,それでもヒトに褒めてもらいたい人間。甘やかされチヤホヤされて育ったせいなのか。
 同朋会館からいただいた日めくり法語は,「宿業ちゃ 立ち上がることだ」 うーん。
posted by ゴエンさん at 08:59| Comment(2) | 日記

2007年01月30日

日々法語

07.1.29-1.jpg  先生の一周忌でいただいた「日々法語」。先生の言葉が31枚。いつも口癖だった言葉やハットするような厳しい言葉が。そして懐かしい筆致に心動かされる。
 そのうち,寝入ってしまい,真夜中に目を覚ます。このごろ,そんなことが多い。二度寝するから,今朝は何と9時起き。ゴミ出しの日に朝寝坊は痛い。玄関前に資源ゴミ,燃えるゴミの袋が二つ。来週までどうする。そして,朝7時のお朝事も,欠かしたことがなかったのに。
posted by ゴエンさん at 10:35| Comment(0) | 日記

2007年01月29日

ふきのとう

07.1.28-1.jpg  玄関の方で声が聞こえたような気がする。出てみると「何べん呼んでも,返事がないから,いないかと思った。」とMばあちゃんが立っている。ストーブの暖気が逃げないようにあちこちの戸を閉め切ってテレビを見ていると,玄関のお客に気付かない。
 「フキノトウのてんぷら持ってきた。」と。「エッ。もうふきのとう?」雪解けの最初に顔を出すふきのとう。ところが雪が降る前に,もう芽を出しているのか。
 暖かいてんぷらに少し塩をふりかけて食べる。口の中に苦味が広がる。酒のつまみに最高だ。
 昨日は,先生の一周忌だった。彦根まで車を飛ばしたけれど,どこにも雪の気配はない。去年の大雪はいったいどこに行ったのか。ホームセンターには長靴やスコップがあふれている。去年は敦賀市内どこに行っても売り切れだったのに。
posted by ゴエンさん at 09:05| Comment(1) | 日記

2007年01月28日

酒とタバコと女

07.1.26-1.JPG  夜中に目を覚ましてしまって,何もすることがないから,先日,録画していた「のだめカンタービレ」を布団の中で見るともなく再生していた。ミルフィー役の竹中直人がエロジジイを好演している。その中で,「酒やタバコや女がなければ,生きる値打ちがない。」というようなセリフを。「色事に夢中」なミルフィーをさわやかな若者たちとの対照として配置している。最近,老人の性を扱うマスコミの風潮もある。
 僕も「酒もタバコ」大好き人間だ。だが,「色事」となると,気恥ずかしいし,「そんな年でもない。」と思う。だが,女性を愛したい愛されたいという衝動は人並みにある。一人暮らしをしているから,逆に人一倍かもしれない。昨年だったか,「男子往生」とブログにも書いたけれど,なかなかやっかいだ。それを封じるためにも作務衣しか着ないのだ。髪も丸刈りなのだ。煩悩まみれと言うけれど,実際にはそれに向き合うこともできない。
posted by ゴエンさん at 10:17| Comment(2) | 日記

2007年01月27日

先師の口伝

osyogyo.jpg  1泊2日で,友人の寺に行って,歎異抄のお話を聴いてきた。
 「序」のところで,先生は「先師の口伝の真信」を力を込めて話された。ちょうど,曽我先生の『親鸞の仏教史観』を読み終えた直後ということもあって,そのことがとても印象に残った。
 そして,2日目に,講師が「お聖教の言葉を使って,ヒトを切り捨ててしまうんです。」と嘆かれた。そして平野修先生の「私はどうもハサミのようだ。」という言葉を紹介された。
 
 昨晩は,役員会で責役,総代と夜遅く話し込む。その後,ネットしたと思うんだけれど,コタツに眠り込んでしまった。その間に,どうもウイルスを拾ってしまったらしい。仕方ないから,また古いPCを出してくる。この遅さどうにかならないか。
posted by ゴエンさん at 08:25| Comment(0) | 日記

2007年01月25日

斜めにものを見るクセ

07.1.19-2.jpg  官僚組織のど真ん中にいながらも,心の片隅でいつもそれを批判的に見たり,反骨を口にしたりしてきた。それを,良心と思ったり,見識と思って自分を正当化してきた。懸命に組織を守ろうとする役人たちを,「保身だ。」「出世主義だ。」と心の中であざけりながら,表面ではもみ手して,それなりに出世もした。日本の経済発展期に,金儲け一辺倒の母親への反発を抱きながら成長してきたからか。大学を卒業して就職する時から,いわゆる一流企業なんかには就職すまいとヘンに肩肘張っていた。
 何か,対立軸を探して,「自分の方がマシ」といいたくなる自分がいる。それを,「自力と他力」にしてみたり,「あの人と僕」と心の中で比較したり。聞法だってそうなのだ。頭の中で,比較したり批判したりするものを探して,自分をエエもんにしょうとしている。だから,掛け値なしに,身体ごと投げ出す,頭ではなく身体ごと歩む人を見るとまぶしくなる。
 少年院の生徒のそういう健気な一面に参ってしまった。
 今の自分はどうなのか。巨大な既成教団の一員となって,その中で,どこか,アウトサイダーというか,掛け値なしに身をゆだねることの出来ないものを抱えて生きる。それって,ウソ臭い。
 そういえば,先生も批判精神旺盛だった。でも,それは,みな嘆きが底にあったような気がする。僕は,批判し,切り捨てている。「あんなもんとは違う」と言って,自分をいい所に置こうとする。
 「そんなエエもんでないやろ。」とつぶやく今が,またそうなのだ。
posted by ゴエンさん at 05:38| Comment(1) | 日記

2007年01月24日

水仙無人販売

07.1.23.jpg  何も予定がなかったから,越前海岸をドライブ。これまでの温かい交友がしきりに頭をよぎる。人と人との関わりほど自分の心を熱くしてくれるものはない。なぜかそう思う。
 東国原知事が,このところ盛んに民放の画面に踊る。あの,そのまま東がひたすらペコペコと低姿勢で登庁する姿が印象的で,考え込んでしまった。別に,比べるのもおかしいが,僕の入寺に当たっての基本姿勢と重なる。どうしてここまで卑屈な言動をしなければならんのかと思いながらも,何が何でも入寺を果たしたいと思っていた。
 そして,家族と別れ,単身で宮崎に帰ったのも重なる。僕自身は,「単身」という,いい加減な言葉を使っていたけれど,実は,家族と別居して入寺したのだ。彼は,そこまでしても,宮崎県知事にという志があるのだろう。僕には,そんな立派な「志」は,ない。
 今日ここまで来られたのは,その支えは,門徒さん方の笑顔だったし,僕を歓迎する言葉だった。少なくとも「寺に仏法を」というこだわりだけは,とおしたいと思いながらも,現実は横道ばかりという気もする。そして,肝心の僕自身の歩みだって,おぼつかない。
 自分の歩みに自信が持てないから,ひたすら自分を甘やかせてくれる仲間の笑顔が欲しくなるのだろう。
 
posted by ゴエンさん at 09:33| Comment(0) | 日記

2007年01月23日

孤立をおそれる

07.1.18-2.jpg  水槽に新しい金魚を入れると,金魚の仲間の関係に微妙な変化が現れる。互いに意識していることが分かる。数日すると落ち着き,序列みたいなものもできる。
 イジメの問題を考えながら,一人ぼっちをおそれる気持ち,そして孤立することの恐さを思う。クラスメイトに無視されることのつらさ。だから,孤立しないことを最優先して動いてしまう。
 施設長仲間でも,決して主流ではなかった。格付けの上の施設長に当然,みな群がる。それを横目でながめている集団の一人だった。だから,少年院長会同でのレセプション,連日あったのだが,いずれも立食。だから,いつも同じ顔ぶれが同じテーブルに集まる。それはそれで,気持ちの通う仲間がいた。
 一人で入寺した。だから門徒さんに受け入れられるかどうか不安だった。いつも自分の生き方の賛意を求めていた。実際はわがままな自分の思いを遂げようとしているだけなのに。それを殊更,なんやかやと弁解しているだけではないか。それなのに,淋しさから友や同調者を求める。
posted by ゴエンさん at 08:39| Comment(0) | 日記

2007年01月22日

曽我量深を読む

07.1.20.jpg  週末,ちょっと遠出してきた。大切な別用も出てきたのだが,前から頼まれていた法事の約束を優先した。恥ずかしい話だが,曽我先生の本は結構揃っているのに,あまり読んでいないのだ。この『親鸞の仏教史観』も1年前の住職修習で記念品としていただいたものの,いつも手元に置きながら,1年間ページが進まなかった。
 ところが,今回は,宿に入るなり読みたいと思い,何故か一気に読み終えた。それだけではなく,もう一度読み直したいと思い,二度読みも読破してしまったのだ。70年前の講演記録なのだが,曽我先生の声が聞こえてくるような感じがした。熱みたいなものが受けとられて,わくわくしながら読み終えた。これって何だろう。家にいるときヒマをもてあますような時間がたっぷりあるのに,気ぜわしく落ち着かぬはずの旅先の方が,内省的になれるのか。
 
 
 
 
posted by ゴエンさん at 02:47| Comment(0) | 日記

2007年01月19日

賀状の添書き

07.1.18-3.jpg  年賀状のお年玉番号を調べていくうちに,年賀状に添えられている言葉が気になりだす。近況や僕へのメッセージが書かれていて嬉しいし,これからも人間関係を深めていこうという息吹みたいなものを感じる。一方,印刷だけで添書きのない年賀状はそっけない感じ。添書きのない賀状は,業者と退職者に多いことが分かった。わずかにあったものは,「毎日が日曜日ではない日々です。」とあった。それ以外は,見事に添書きのないものばかり。何だか,炬燵に丸まってコップ酒を飲んでいるような,気力もあまりなく,新しく人間関係を紡いでいく意欲があまり感じられない。
 かく言う僕も,賀状は印刷だけで添書きをサボって投函した口だ。どうせ出すなら,メッセージやコメントを添えたい。
 それと,宛名に名前の前に「高雲寺御尊住」とか「御院内」と書かれたものも結構あることに気づく。こういう風に書くものなのだ。そんなことも知らなかった。
posted by ゴエンさん at 08:12| Comment(4) | 日記

2007年01月18日

かならず

07.1.15-2.jpg  円空の「微笑(みしょう)」とよく評されるけど,カメラアングルを少し変えるだけで,別の表情があらわれる。
 
 昨日も,別の月例の勉強会。そこで,「理・智・悲」のうち,「悲」「大悲」は,仏の働きかけを言うと教わった。そういえば先日レポートした中に「光明の悲母」とあった。正信偈の「大悲無倦常照我」もそうなのだ。なぜか,自分の胸に届く感じを味わう。そのとき,龍樹和讃も教えていただいた。
 
 「生死の苦海ほとりなし ひさしくしずめるわれらをば 弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける」うーむ。
 
 そして,聞法は実際の生活を外してはありえないとも。勉強会のための勉強になってしまっているのではないか。日常とは別のところにしてしまってはいないか。
posted by ゴエンさん at 07:03| Comment(0) | 日記

2007年01月17日

つくろう

07.1.15-1.jpg  昨日のある勉強会で,自分の感情をあらわにしてしまって,怒鳴ってしまった,などという話を聞きながら,自分はどうかと思う。
 長年の役人生活のせいか,上司や周りについ合わせることがならい性となったのか,自分の気持ちを正直に表現することが下手。そして,いかにも温和っぽく振る舞ったり,ニコニコして周りに受け入れられることをつい優先する。そうすると知らぬ間に,自分の気持ちもどこかに行ってしまって,どう思っているのか,どういう気持ちだったのか,それも忘れてしまう。
 自分の主張をせず,まわりに合わせた言動は,波風立たず,ラクでいい。
posted by ゴエンさん at 07:36| Comment(0) | 日記

2007年01月16日

作務衣モコモコ

07.1.16-2.jpg  冬の作務衣。つまり綿入れだ。格好は悪いが,着れば随分温かい。毛糸の帽子も捨てがたい。特に帽子は,散髪した後かぶると,その温かみを実感できる。
 作務衣に守られるのは身体だけど,幾重にも重ね着して身を守る。本当は,自分が傷つくのを一番おそれているのだ。ヒトを傷つけないようにというが,それも自分を守る一手段。自分の本当の気持ちをストレートに語ることで,相手の心情を思いやるようで,実は自分が傷つかぬようにしているだけなのだ。
 結論を先送りするのも,そうなのだ。
posted by ゴエンさん at 08:31| Comment(1) | 日記

2007年01月15日

わが身

07.1.14.jpg  毎月,ご聖教(しょうぎょう)を教えてくださっているグループの勉強会。1月は拡大学習会ということで,僕も15分程度レポートすることになった。老化した脳みそと萎えた気力を抱えながら,お陰で先生の文章を繰り返し読む機会をいただいた。そんな中,「業識(ごっしき)」という聞きなれない言葉にぶつかってしまった。難しいけれどそれをレポートしようと考えている。
 勉強の中でこんな先生の言葉に出会えた。「考えてみれば,私たちの迷い悲しむ心は,そのまま内に救いを求める心でありましょう。その心は,そのまま仏を求める心であり,仏を念ずる心です。しかし,すでに仏が内にあって念じて下さっているからこそ,仏を念ずる心が生まれるのです。」
posted by ゴエンさん at 08:46| Comment(0) | 日記

2007年01月14日

鍋用のみそ

06.12.21-2.jpg  ある門徒さんからいただいた「みそ」。確かトリ野菜みそ,と言ったか。鍋に溶かして,豆腐や白菜を入れる。それだけでいい。そして,おいしい。このところ連日,このみそを使って食べている。
 昨日は,それで済まそうとしたが,冷蔵庫の卵をパックから出そうとしたら,ヒビ割れ,3つも。仕方ないから卵焼きを作って食べる。土鍋やフライパン,皿やお玉などシンクに洗い物が山となってしまう。洗うのが面倒だから,そのまま寝てしまう。
 朝になって,それを洗うのが朝一番の作業となる。それにしても,瞬間湯沸器って,最初は水しか出ないんだなあ。お湯が出るようになるのを待って,洗い出す。
 
 
posted by ゴエンさん at 07:59| Comment(1) | 日記

2007年01月13日

ウインナー・ワルツ・オーケストラ

harmony3.jpg  音楽は煩悩の極致,みたいなことを友人の先生がおっしゃっていたとのことだけれど,本当にそうなのかも知れない。五感をゆさぶるような楽しさなのだ。
 昨日はハーモニーホール福井。アンコール時,指揮者が確か「素晴らしいホール」というようなことを言っていた気がする。英語だったから不確かだけれど,本当に立派なホールだ。
 昨年は何ていうオケだったかと自分のブログで調べる。昨年は,ウイーン・シュトラウスというオケ。
 それにしても,昨年のハーモニーホールは,雪と冰に埋もれていたのだ。昨日は,敦賀と福井の間の8号線,全く雪の気配はない。雨は降っても雪を忘れた今年の冬。有難いけれど何だか気味悪い。
posted by ゴエンさん at 07:31| Comment(0) | 日記

2007年01月12日

私は,なりたい

miyazawa.jpg  これは,宮沢賢治の有名な「雨ニモマケズ」だ。栃木県にある刑務所に勤務していた時,東北道を北上して花巻にある宮沢賢治記念館を訪れた。その折に購入した。
 この詩の末尾「ミナニ デクノボート ヨバレ サウイウ モノニ ワタシハ ナリタイ」を当時,僕は単に,賢治の願望,理想と思っていた。
 ところが,小櫻先生(僕が20歳代のころ,名古屋で導いてくださった先生)から,これは,賢治が「そうなりたいけれど,成れない。」という嘆きの言葉ですよ。うめき声ですよ。と教えられた。
 熱烈な法華経の信者として知られているけれど,彼の血の中には真宗の教えが息づいてるんです,とも。
 「皆にデクノボーと呼ばれたい」みたいな野心を拭おうにも拭いきれない。「片田舎の小寺の住職」という枠組みに,あこがれやこだわりがある。一方で,自己顕示欲や名誉欲に突き動かされ,エネルギーをもらってしまう。
posted by ゴエンさん at 07:57| Comment(0) | 日記

2007年01月11日

信号待ち約5分

07.1.6-2.jpg  北陸トンネルが出来るまで鉄道だった,旧北陸線を利用して山道が作られている。林道といってもいいような道だが,狭いけれど一応,全部舗装されている。僕の村から葉原という集落に抜けるには,三角形の一辺というショートカットになるから,人気のない道を走る。たまたま撮影した時には前に車がいたが,大抵誰もいないこの信号。この先には狭くて,暗い,やたら長いトンネルがある。だから交互通行のための信号なのだ。信号待ち5分。青信号は30秒あるだろうか。
 誰もいないから,信号無視しても,恐らく大丈夫だろうな,と思いながらも,イライラしながら青信号に変わるのを待つ。
 このトンネルを走るたびに思うことがある。「対向車は来ないだろうか?もし,来たら大変だ。(僕は信号どおり入ってきたけど)信号を守らない対向車が来たら困る。」と。前哨灯を上向きにして走りながら不安になる。これって,ヒトを信用しない自分,信号無視しようかと誘惑にかられていた自分の気持ちの裏返し?
posted by ゴエンさん at 06:20| Comment(2) | 日記

2007年01月10日

豆餅

07.1.8-1.jpg  豆餅は豆餅でも,豆(大豆)ではなくて落花生が入っている。ストーブで焼いて,ちょっと醤油つけて海苔をまいて食べるとおいしいぞ,と言われ,言われた通りにして食べる。こうばしくておいしい。
 
 門徒報恩講をして,各門徒さんのお宅を一回りしたけど,やはり,「老」と「病」の逃れられない現実に,それぞれ御苦労されていることを本当に目の当たりにした。どうにもならないけれど,それぞれ,本人だけでなく家族がそれを抱えている。都会では薄まってしまった家族の絆みたいなものを感じたし,逆に一人暮らしのつつましやかなたくましさも感じた。僕なんか甘いもんや。
 
posted by ゴエンさん at 05:32| Comment(1) | 日記

2007年01月09日

雪降る温泉

07.1.8-3.jpg  実は,この2日間,正座がつらくてお朝事をサボっている。そんな言い訳をして,また365温泉に。敦賀は雨だったのに,今庄は雪。車を4WDにスイッチして,雪道を走る。雪で視界はさえぎられるが,湯船から雪降る風情を眺める。なかなかいい。温泉の暖かなお湯が余計に有難く思える。
 温泉のいいのは湯冷めしないことか。帰宅してしばらくたってもポカポカしている。その代わり,気分がだらけてしまう。ビールでも飲もうかとなってしまう。昼間から赤い顔してゴロゴロ。荒れ模様の天気で誰も来ないからいいようなものの,これではアカン。
 
 
posted by ゴエンさん at 08:51| Comment(1) | 日記

2007年01月08日

冬の嵐

07.1.7-3.jpg 「冬の嵐」とは,昨晩のNHKニュースのタイトル。雪になるかと思ったが,終日,強い雨風。今朝は,風は少し弱くなって,雨が降りつづけている。
 昨日一日中,家に篭っていたから,隙間風ばかり気にしていた。どこか,戸が空いているのではないかと思えるほど。
 冷蔵庫の残りで,スキヤキ風の煮物したり,大根煮たり,雑煮の真似事したり。どれも残ってしまった。
 
 門徒報恩講も,今日,1軒まわれば全て終わる。ほとんど初めてお参りするお内仏ばかりだった。お脇掛やお文を見ると,乗如上人,達如上人のものが結構多くあった。赤本(大谷派勤行本)にも,お文が載っているからお勤めの後に読み上げるといいですよ,と言うと,「えっ!私たちが上げてもいいんですか?」との反応に驚く一場面もあった。
 本堂でお会いするのとは違う,お付き合いが出来たし,間違いなく距離感が縮まった気がする。
 次は,中旬の勉強会までスケージュール表は,空白。この間をどう過ごすか。
posted by ゴエンさん at 07:30| Comment(0) | 日記

2007年01月07日

雪起こし

07.1.6-1.jpg  夕べは,夜中じゅうガラガラドンと雪起こし(雷)が鳴り響く。その度に起こされる。家中の建具や家具が反応する。外を見ると,一面真っ白。今も降りつづけている。少しは積もるのか。灯油を満タンにしておいてよかった。隙間から冷たい風が吹いてくる。
 
 この写真は,今庄365スキー場。昨日このスキー場に隣接している温泉に行ってきた。実は,朝から,門徒報恩講は1軒だけだったから,それを終えたら温泉に行こうと考えていた。一日たかが4,5軒をまわるだけなのに,足腰の痛みがピークに達していた。情けない話だけれど,新米住職の現実。ここの温泉は温度が高く効能があるような気がしていたから。
 お陰で随分楽になった。顔もツルツルという副産物も。
posted by ゴエンさん at 08:08| Comment(2) | 日記

2007年01月06日

たこ足配線

takoasi.jpg  家が古いから,コンセントが極端に少ない。一つのコンセントから,色んなところに電気を引っ張る。専門家が見たら,とたんにひんしゅくものだろう。
 
 今年の門徒報恩講は,友人のサゼッションから,5帖目10通をいただいている。いわゆる「聖人一流」のお文を現代語訳をつけて配った。
 僧侶初心者の僕には,こういう短いお文がいいかと思って始めたが,とんでもない,拝読するうちに,真宗のエキスともいえるすごい言葉が並んでいんではないか。
 「信心をもって本と」「不可思議の願力」「仏のかたより往生は治定」「一念発起 入正成之聚」「如来わが往生をさだめたまいし」「御恩報尽の念仏」
 それぞれを,少しずつ精一杯お話した。
posted by ゴエンさん at 02:10| Comment(0) | 日記

2007年01月05日

門徒報恩講

07.1.4.jpg  この村では,正月に門徒報恩講をする慣わしがある。2日から,門徒さんのお宅にお邪魔して正信偈のお勤めをしている。一日5軒のペースでお参りしているが,5軒目となると足が痛くてしょうがなくなる。正座に強くなったと思い込んでいたが,まだまだだ。
 門徒さんのお宅にお邪魔して,気になるのは,ほとんどのお宅では,仏壇の前に,分厚い金襴の座布団が置いてあることだ。10年間ぐらいも門徒報恩講が途切れていたから,中には新調したと思われる真新しいものもある。「誰も座らないから,(座布団が)高いまんま。」などと言われる。足が痛いこともあって,とまどいながらも,つい,転がりそうな高い座布団に座ってしまう。「ちゃんとした座布団がないから。」と座布団を2枚重ねにしてあるお宅もあった。
 少なくとも真宗には,こういう座布団は似つかわしくないなあ。そう思いながらも,門徒さんの思いをいただいて,黙って座る。
posted by ゴエンさん at 05:02| Comment(0) | 日記

2007年01月04日

年賀状逆転

07.1.1.-3.jpg  かって転勤族だったから,職場で知己を得た方々との年賀状の交換が圧倒的に多かった。上司だったり,同僚だったり,民間ボランティアだったり。これらの方々のご厚情を思うと失礼かとは思いながら,枚数の多さに閉口して,昨年から,年賀状を頂戴した方に賀状を返す(いわゆる返り年賀というのか。)方法に変更させていただいた。そのせいか,今年は見事に職場関係の方々からの年賀状が減って,ついにそれ以外の方からの賀状の方が多くなってしまった。ここ数十年で初めて。
 その代わり,今年から年賀状の交換をするようになった方も20数人。
 懐かしい方からの賀状は,嬉しいし,「今,どうしておられるのだろう?」と考えることも,楽しい。でも,こういった方々との交友も過去の有難い出来事だったのだ。よくしていただいたことを,感謝しながらも,少しずつ脱皮していきたい。
 
 門徒報恩講2日目を終える。それぞれの家庭で,時間をやりくりして僕を待っていてくださるのが分かる。本当に有難い。今日から後半戦だ。
posted by ゴエンさん at 05:23| Comment(0) | 日記

2007年01月03日

正月参り始まる

07.1.2-1.jpg  この村では,正月に門徒報恩講をする。昨日は,5軒をまわる。5軒目では,膝が痛くなる。心配していたとおりだ。自信がついていた正座だが,所詮付け焼刃。正月2日とあって,どの家も帰省の孫がいっぱい。そして,お参りに座ってくれた。「しまった。ポケットに飴か何かを忍ばせておくんだった。」と気づいたが,後の祭り。
 そして,夜は,三重県から松坂牛を持ってS先生が,また,友人一家がやってきて,スキヤキ会となった。昨年も来ていただいた。淋しい正月がいっぺんに,にぎやかとなる。ありがたい。
posted by ゴエンさん at 05:30| Comment(0) | 日記

2007年01月02日

修正会

07.1.1-2.jpg  沢山の参詣者に有頂天になり,ブログ用の写真撮影を失念してしまった。この写真は祖師前(親鸞聖人)です。
 ひ孫まで連れて4代5人と家族総出で来て下さった家もある。嬉しい。
 お文は,一帖目初通。1週間ほど前,試しに読んでみたが,つっかえるばかりでなく読めない。それで,いったんは「ひらがな本」にしようかと思ったが,新年早々ズルしてはいかんと思い直し,毎朝のお朝事に繰り返し練習した。
 それでも,本番でも何ヶ所かつっかえた。正直に「練習しましたがつっかえてしまいました。」と白状した。そして,「お香にむせて,正信偈も途中で咳き込みました。」と。何ともしまらないこと。お話は,1帖目初通にちなんで「坊主も,しかしかと信心の一理をも聴聞せず」を話した。今年1年,聴聞することが住職の課題ですと話させていただいた。
 さあ,今日から正月参り(門徒報恩講)だ。1日5軒のペースでお参りする予定。楽しみだ。
posted by ゴエンさん at 06:52| Comment(0) | 日記

2007年01月01日

謹賀新年

07.1.1-1.jpg  おだやかな新年を迎えました。
 朝一番にPCにスイッチを入れ,受信メールから迷惑メールを消す作業が日課となっていましたが,今朝はナゼか迷惑メールはありません。
 昨晩,録画予約していたジュピターを聴きながら,今年最初のブログ。どんな年になるのだろう。そして,どんな年になってもいいという思いがどこかにある。
 ブログに正直に自分の身を投げ出したいと思いながらも,読み直して,ウソばっかり書いていると思う。でも,その行間にある自分の本音みたいなものが自分には分かる。あのとき本当はこうだったんだと。
 そのまんまがいつになったら書けるのか。そう思う。
 今年も,こんな調子で行くしかないのか。どうぞよろしく。
 
posted by ゴエンさん at 05:02| Comment(2) | 日記