1ヵ月後にせまった,ある大学での集中講義。最初にしたのは,キップを買うこと。実は大阪以遠のチケットを買うと駅の無料駐車場がもらえるのだ。肝心の教案は手付かずなのに,こんなことから始めるなんて僕らしいか。久しぶりに現職時代に考えたことなどをおしゃべり出来る。何だか元気が出る。退職直後には考えもしなかったことだ。今月末に前の職場の仲間が海水浴に来るという。それが,9人も。こういう仲間が,僕をこれまでの人生を否定しきれなくしてくれた。あのころ,何であんなに「第二の人生で生き直しをしたい。」と思い詰めていたのか。
昨晩は,恒例のお勤めの稽古日。そこで,しぼみかかった,ご本尊の仏華が話題になる。夏は本当に花持ちが悪い。
ハイビスカスは,毎日咲き替わる。毎朝,花がらを取っているが,実はこれから咲こうというものまで,花がらと間違えて取ってしまったのだ。取るときに「あっ,硬い。これは間違ったなあ。」と気づいたが後の祭り。ところが,ちり取りの中でシッカリ咲いているのを発見。咲かずには果てないぞとの強い意志みたいなものを感じる。すごいなあ。
今年で59回目となる「社会を明るくする運動」って何の運動?更生保護の運動だと知っているのは,どうも関係者だけのようで,59年間も法務省が主唱して,しかも地域の有力者でもある保護司を手足のように組織化していながら,一般市民に浸透していないようだ。そこで,来年,つまり60回からは別の名称にするとのお達しだ。
南天は赤い実の印象が強くて,夏の南天には真っ白な花を付けるということを,入寺するまで知らなかった。境内には南天があちこちに植わっている。というより未生のまま大きくなっているのかもしれぬ。これが,仏華には得難い味方になる。今回は,祖師前などの小さい花瓶の真に使わせてもらった。
今週末にある年忌法要を控え,仏華を活け替えることを考えていて,ある門徒さんに花をくださいと頼んでいた。バケツ一杯の花を見て,早速取りかかる。カシワバアジサイを中心に活けてみた。
昨日は,ある門徒さんの百カ日法要に併せて納骨。暑かった。夏用の衣は,はた目には涼しげだけれど着ている本人は暑くて暑くて,白衣が汗でびっしょりになる。それに,墓地での納骨には蚊の大群に悩まされ,スプレーで防備していたのだが,何と頭まで刺される始末。
ある人に勧められて『親鸞・封印された三つの真実』をネットで購入し,一気に読み終える。『親鸞聖人正明伝』の存在は前から聞かされてはいたものの,読み進むうちに,これまで常識(?)としていたものが,ことごとく崩されていく。それが心地よくって,なんとも言えない感覚に襲われる。本願寺教団生成時の覇権争いの視点から,お聖教の成立を書かれている。覚如上人の『口伝抄』とそっくりなものが高田派にもあると知ってビックリするなど,結構目からウロコの書物だ。
昨日,同世代のある方とおしゃべりして,自分の8年前を思い出す。むろんまだ現職時代だった。2001年4月に得度受式。その年の8月に教師という資格の検定を受けた。その前月に京都で受験のための学習会があって,夏休みを取得して,確か1週間ほどだったと思うが,堺市から通った。その時一緒に学んだ人たち何人かと,今も交友が続いている。その後の教師修練などでも何人かの友人を得ることが出来た。
「アンリ・ネルソンさんを偲ぶ会」に出席するため,石川県まで車を走らせて,初めて光闡坊にお邪魔する。いつかはお参りしたいと思っていたお寺だ。